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2024.02.01

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第2巻

 永きに渡る中国(時々日本)の歴史に幾度となく顔を出す不老不死の少年・李氷を狂言回しとした全七巻の連作シリーズの第二巻であります。幾度も悲劇を招いてきた李氷が愛してやまぬ永遠の美女・セイとの出会いは、今回思わぬ形で描かれることに…

 皮肉屋で女好き、強力な呪術の力を持ち、飄々と世を渡る少年・李氷。歴史上の様々な時と場所に現れる李氷は、暴政で人々を苦しめる夏を倒そうとする美女・成湯と出会い、力を貸すことになります。
 彼女と強く惹かれあうもののすれ違い、憎まれすらして別れることとなった李氷。その後も彼は、後漢、唐と様々な時代で、成湯――セイちゃんが転生した美女と出会い、その度に別れを経験することに……


 そんな設定で展開する本作ですが、第二巻に収録された「鬼神来迎」では、元寇を背景に、奇怪な転生が招く悲劇が描かれることになります。

 ある日、着衣のまま水に飛び込んだ娘を助けた李氷。セイの転生である彼女は元の軍人・胡凱を名乗り、皇帝フビライの命により、近々水軍を率いて日本に侵攻することになると語るのでした。
 フビライが日本の神のお告げで侵攻を決めたと知り、一足先に日本に渡った李氷は、鎌倉で神に祈る者たちを束ねる陰陽師・安倍晴亮と対面。しかし李氷が神から感じたのは血なまぐさい気配でした。

 そして鎌倉で李氷が出会った武士・竹崎季長の顔は、胡凱と瓜二つで……

 元寇という、これまでに比べると日本でも馴染み深い題材を扱うこのエピソードですが、何と言っても目を惹くのは、セイの魂が二つに分かれ、元と日本に同時に転生しているというシチュエーションでしょう。
 はたして愛する者が二人同時に存在した時に、李氷はいかなる道を選ぶのか――というのは興味深いところですが、しかし物語はそちらの方面よりも、むしろ李氷と安倍晴亮、そして謎の神との対決の方にフォーカスされることになります。

 正直なところこのエピソード、神の正体も企ても、真相が分かっても今ひとつピンとこない(さらにいえば安倍家がこの神を奉じているという設定もどうかと)ため、物語自体もスッキリしないものとなっているのが何とも残念であります。
 神に人々が翻弄された末に爆発する李氷の激情が――という結末自体は悪くないだけに、勿体ない印象が残ります。


 また、この巻に収録された「随尸鏡」は時代を遡って後漢末が舞台の中編。育ての親である老師がかつて碁で負けたカタで持ち去られた秘宝・随尸鏡を取り戻すため、李氷江東の有力者・喬国老のもとに向かうという物語であります。
 実は喬国老には大喬・小喬という美しい二人の娘がいて――とくれば、なるほど『STOP! 劉備くん』をはじめとして硬軟様々に三国志を題材にしている作者らしいと納得できるところであります。

 ここで三国志の世界に足を踏み入れた李氷が、大喬に婿入りすることになる、というだけで大変ですが、さらに大喬が何者かの襲撃を受け、大喬・小喬といえば当然あの人物も登場して物語を引っかき回す――と三国志外伝として、非常にユニークな物語が展開していくことになります。

 実はこのエピソードはセイが登場しないという、ある意味脇筋の内容ではありますが、長い長い時を舞台とする本作であれば、それもまた大いにありだといえるでしょう。

 ちなみにこの巻にはもう一編、第一次大戦後の日本を舞台とした短編「赤い風車」を収録しています。ページの都合で李氷がSDになってしまったという人を喰ったシチュエーションですが、描かれる物語はかなり重いファンタジーといったところ。
 こうした趣向の物語も、人の世界の外側に立つ李氷が主人公だからこそできる物語というべきかもしれません。


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