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2024.02.19

柳川一『三人書房』 乱歩と有名人たちの探偵秘録

 その業績故か、フィクションの中では自身が探偵役を務めることも少なくない江戸川乱歩。本作もそんな作品の一つですが、シチュエーションのユニークさが印象に残ります。乱歩が乱歩になる前、平井太郎と二人の弟が団子坂上で開いていた古本屋・三人書房を舞台とした連作であります。

 三重から上京し、弟の通と敏男の三人で、団子坂上に古本屋「三人書房」を開業していた平井太郎。彼の三重時代からの友人であり、三人書房の二階に居候していた井上青年や通と共に、太郎は探偵小説談義を戦わせる毎日を送っていたのですが――そこにある謎が持ち込まれます。

 恋人の島村抱月の跡を追うように自殺した松井須磨子――その死の衝撃がまだ世間に残っていた折り、太郎たちが買い取った須磨子の随筆集の中に挟まれていた、一通の手紙が事の発端でした。
 「私はやっぱり先生の所へ行かなければならないのです」と書きつつ、相手への想いを綴ったその手紙。それがもし須磨子のものであったとしたら、自殺の意味も大きく変わってくる――そう考えた太郎たちは、手紙の真偽を調べ始めます。

 その際に問題になったのは、手紙の末尾に記された「十二」という数字。本文と関係のないこの数字に何の意味があるのか? 太郎が解き明かしたその意味が示すものとは……


 この表題作「三人書房」から始まる本作は、乱歩が三人書房を営んでいた時代を中心に、彼が探偵役を務める全五編から構成される連作短編集であります。

 浮世絵研究の第一人者が写楽の贋作売買に関わったというスキャンダルの謎を、同じ浮世絵愛好家である宮沢賢治の示唆によって乱歩が解き明かす「北の詩人からの手紙」
 町を騒がす奇妙な娘師(土蔵破り)の出没と、敏男が入れあげる浅草の美人怪力芸人の舞台での失敗が、奇妙な形で交錯する「謎の娘師」
 ある寺の秘仏堂に忍び込んだ盗賊が、化け物を見て逃げ出したという事件を宮武外骨から聞いた乱歩が、寺に関わるある絵師にまつわる謎を横山大観に明かす「秘仏堂幻影」
 高村光太郎の作ったブロンズ像の首ばかりが盗まれ、さらにそのモデルの一人が人が変わったようになってしまった謎を、乱歩が解く「光太郎の〈首〉」

 ここに収められた物語の何よりもユニークな点は、登場人物の多くが、実在の人物であるという点でしょう。乱歩と二人の弟や、上に挙げた宮沢賢治、宮武外骨、横山大観、岡倉天心はもちろんのこと、乱歩の友人の井上も、乱歩のエッセイに記された人物なのですから。
 そんな実在の人物たちがデビュー前後の乱歩と出会い、ある者は乱歩に謎の解決を託し、ある者は共に謎に挑む――有名人探偵ものでは定番の趣向ではありますが、やはり大いに盛り上がるところであります。

 もちろんミステリとしても魅力的であることは間違いなく、特に表題作は、松井須磨子の死の謎にまつわる「暗号」解読と、さらにその先に――という構成の巧みさが印象に残ります。
 また混沌としたムードの浅草を背景に、日常の謎的出来事から展開していく「謎の娘師」なども(乱歩の趣味のおかげである真相に辿り着くのも含め)乱歩らしさの漂う作品であったかと思います。


 その一方で、本作の最大の特徴である乱歩と有名人の邂逅に違和感があるのも正直なところです。史実の上では(私の知る限りでは)関わりのなかった人物と乱歩との取り合わせ自体は興味深いのですが――それが何故表に出なかったのか、という点で本作は説得力が弱いものが多かったのが残念でした。
(また、「秘仏堂幻影」の真相も、さすがに飛躍のしすぎではないかと……)

 さらにいえば、「光太郎の〈首〉」は(既に三人書房を閉めた後の話であることもあって)そもそも乱歩が探偵役を務める必然性も薄いのでは――と、色々厳しいことを書いてしまいましたが、魅力的な題材だけに(そしてこういう趣向が個人的に大好きなだけに)気になってしまった、というのが正直なところです。

 できれば、三人書房時代の語られざるエピソードを見てみたい――そう感じた次第です。


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