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2024.02.13

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第3巻

 長きに渡る時の中で、様々な時と場所に現れる黒衣の少年・李氷――彼と永遠の美女・セイの、歴史の中で繰り返される出会いと別れを描く連作の第三巻であります。秦の始皇帝の時代、意外な姿に転生していたセイと出会った李氷。のっぴきならぬ運命の彼女を救おうとする李氷の前にライバルが……

 天に赤気が現れ、五行が乱れる中、秦の国に出現した李氷。神薙剣赤気により思うように力を発揮できない李氷は、荊軻に転生したセイに助けられることになります。
 父の名を継いで荊軻を名乗る彼女は、父を殺した秦王・政に復讐を誓い、剣の腕を磨いていたのですが――李氷の前に、荊軻の親友・高漸離、実は天界の神将・顕聖二郎真君が現れます。

 天に赤気現れる時、地上に現れる妖刀「徐夫人の匕首」――人の運命を変え歴史を変えてしまうこの匕首が荊軻の手に渡り、後の始皇帝である政を殺すことを阻止するため、二郎真君は地上に降り立ったのです。
 しかし荊軻を殺し匕首を奪うはずが、彼女に恋してしまったため手を下せなくなってしまった二郎真君。しかし、いよいよ政のもとに向かう荊軻に対して、彼が一計を案じたことを知り、激しい怒りをぶつける李氷ですが……


 これまで四度セイと巡り合いながらも、その度に皮肉な運命によって引き裂かれ、時に憎まれまですることになった李氷。しかしこの「徐夫人の匕首」では、その彼の前に、恋のライバルが登場することになります。
(ちなみにこの前に元にいたのに今回秦なのは、単に時系列をシャッフルして描いているためかと思いきや、李氷自身が時を遡ったことに戸惑っている様子なのがちょっと面白い)

 それがまた顕聖二郎真君という天界の超大物というのが面白いのですが、よりによって荊軻に転生したセイ(「あんたってどうしていっつもそんな重い人生を…」という李氷の言葉にはただただ同意)を挟んで、彼女を救うか、政を救うかというある意味究極の二択となるのが、このエピソードの見どころでしょう。

 その果てに二郎真君が選んだ道が、ある意味実に神様らしい冷徹なものである一方で、普段は斜に構えて皮肉な態度を見せてきた李氷が、心の底から愛を叫ぶという対比も良いのですが――この人知を超えた両者の激突と、史記に記された荊軻の姿を並行して描くというクライマックスは、実は政と荊軻が幼馴染であり、政が唯一心を許した相手だったという設定も相まって、大いに盛り上がるところです。

 そしてその果てに、真の姿を見せて秦の宮殿に殴り込んだ李氷が、これはある地味実に彼らしい皮肉な態度を見せる結末もまた、本作らしいといえるでしょう。
 その一方で、これまで作中で老師として登場してきた李氷の育ての親(?)がその正体を現したことで、李氷自身にも大きな秘密があることが窺われるなど、ある意味作品のターニングポイントというべきエピソードであります。


 また、続く「殺気神」は、漢の景帝の時代を舞台に、中山靖王劉勝と、彼に仕える異民族の少女剣士・暁珍を巡る奇譚。皇帝の後継者レースから脱落した無能者で色好みの劉勝と、彼を狙う呪詛と対決することになった李氷と暁珍の姿が描かれることになります。

 ここでのヒロイン・暁珍はセイに似ているけれども別人で、つまりは本筋を離れてはいるのですが、それだけにこのエピソードは気軽に読めるものがあります。
 その一方で、サブタイトルの殺気神――暁珍の部族で語られる、武器を持った人に宿る狂気の存在と、底抜けのお人好しというべき劉勝を対比して、人の在るべき姿を思わぬ形で浮かび上がらせるのもユニークなところです。
(ちなみにこの劉勝の子孫こそが、あの劉備玄徳であって――その意味では、実に作者らしい題材というべきかもしれません。)

 またこの巻の巻末には、第二次大戦中を題材にした掌編「死相船」を収録。李氷は顔見せ程度の登場ですが、殺気神の行き着く果てを描いたともいうべき内容で、「殺気神」と対応する内容と言ってよいのかもしれません。


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