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2024.02.28

平谷美樹『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』

 白泉社招き猫文庫で四作、そしてこのだいわ文庫で四作目、通算八作目となり、長期シリーズとなってきた『貸し物屋お庸』。江戸のレンタルショップを舞台に、品物を借りに来る客たちの人間模様が、そしてそれにまつわる幾つもの謎が、今回も描かれることになります。

 故あって貸し物屋・湊屋の両国出店を預かっている少女・お庸。顔は可愛いが口は悪い、そして好奇心とおせっかい焼きでは右に出るもののない彼女は、手代の松之助や店を手伝う陰間長屋の面々を振り回しつつ、今日も威勢よく働いております。

 そんなある日、店にやって来たのは、台箱(髪結いの道具を入れる箱)を借りたいという初老の男。以前髪結いをしていたが、今は棒手振りをしているという男は、髪結いを再開するために道具を借りにきたというのですが――お庸の勘は、何やら裏の事情があることを感じとるのでした。
 そこで男の様子を調べた追いかけ屋(店が詐欺にかけられたり、品物が犯罪に使われたりするのを避けるため、客の身辺調査を行う役)によって、おかしな状況が判明するのでした。

 折角借りた台箱を使うこともなく、住処に置きっぱなしだという男。しかも男は棒手振りの傍ら、面体を隠して、普段商売に行くのとは別の町を歩いているというではありませんか。
 はたして男は何のために台箱を借りたのか。そして男は何のために町を歩いているのか――やがてお庸は、男の過去にまつわる、ある事情を知ることに……

 本書はそんな表題作「髪結いの亭主」から始まります。髪結いの亭主といえば、妻に働かせて自分は左うちわの男を指す言葉ですが、さて本作では――と、一種の「日常の謎」が描かれることになります。
 そしてその謎の先にあるのは、何ともほろ苦く、そして切ない事情――ある一つの事実から、男の行動の意味が明らかになっていくミステリ味はもちろんのこと、そこに強く漂う人情味も含めて、ある意味本シリーズらしいエピソードといえるでしょう。


 そして本書には、この他に以下の四編、全部で五編が収録されています。

 割れた鼈甲櫛を拾った少年の枕元に若い女の幽霊が出現、少年が櫛を店に持ち込んだことをきっかけに、お庸が人のエゴのぶつかり合いに巻き込まれる「割れた鼈甲櫛」
 幼なじみの叔父が、店から上物の釣り竿を借りたものの、家に置いたまま毎夕出かけていくという謎に挑む「六尺の釣り竿」
 火の用心の拍子木を借りに来た元鳶の親方とお庸の短い道行きを描く「火の用心さっしゃりやしょう」
 法事で親戚が集まるので大火鉢を借りたいという呉服屋にお庸が感じた小さな違和感が大事件に発展する「凶刃と大火鉢」

 今回も人情あり、幽霊との対峙あり、事件の謎解きありと、バラエティに富んだ内容であります。(特に本物の幽霊が登場するのは、本シリーズならではの特色の一つでしょう)
 正直なところ、ちょっと内容的に小粒かな、という印象もあるのですが、しかしどのエピソードも、作中にキラリと光るものがあるのは間違いありません。

 特に「火の用心さっしゃりやしょう」は、掌編といっていい分量ながら、個人的には今回のベストと感じる作品です
 若い衆が自分愛用の拍子木を忘れてきてしまったので、代わりを借りに来たという隠居した鳶の親方。若ぇ者を鍛えるという親方を面白がり、番屋まで同行することになったお庸は、言葉を交わしながら夜道を行くのですが……

 実は同様の趣向のエピソードは以前にもあったのですが、もちろんこちらはまた別の一捻りが加わった内容。もの悲しいようで、どこか粋さを感じさせる結末が印象に残ります。

 また、「凶刃と大火鉢」は、本書の掉尾を飾るのに相応しいオールスターキャストのエピソード。これまでお庸を支えてきた面々が力を合わせてのクライマックスは、ある意味彼女のこれまで辿ってきた成長の道のりを示すものかもしれません。

 その一方で気になるのは、主の清五郎に対するお庸の想いの変化であります。他の面ではまだまだ大人らしさよりも自分らしさ優先のお庸ですが、はたして彼女は彼女はこのまま「成長」して終わってしまうのか。まだまだ先が気になる物語です。


『貸し物屋お庸謎解き帖 髪結いの亭主』(平谷美樹 だいわ文庫) Amazon


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