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2024.02.11

畠中恵『いつまで』 若だんなタイムスリップ!? 厄災の未来を変えろ

 『しゃばけ』シリーズ第22作は、なんと2006年の『うそうそ』以来、実に17年振りの長編であります。西から若だんなと長崎屋に迫る厄災。姿を消した妖のためにある決断を下した若だんなは、なんと五年後の未来に飛び出すことになります。しかしその間に、長崎屋は思わぬ窮地に陥っていて……

 西からやってきた妖怪医師・火幻を迎えてさらに賑やかになった長崎屋。しかし悪夢を食べる場久が、そして火幻が姿を消し、二人の行方を追う若だんなは、西から来た妖・以津真天の仕業だと知るのでした。
 二人を救うためには悪夢の中に飛び込めという以津真天の言葉に従う若だんなですが――飛び出した先は江戸ながら、なんとなく違和感を感じる世界。それもそのはず、若だんなは五年の時を飛び越えてしまったのであります!

 その間、若だんなは行方不明であったことから両親は商いどころではない状態。しかも騒動の直前に若だんなが発明した、長崎屋の薬の調合を簡単にできる薬升が同業の大久呂屋に盗まれ、調合を真似されたことで、長崎屋の経営は大きく傾いていたのであります。
 ようやく若だんなに再会できた長崎屋の妖たちは大喜びですが、しかし問題は山積み。場久と火幻はどこに行ったのか。長崎屋を救うことはできるのか。そして何よりも、若だんなはどうすれば五年前に帰ることができるのか。(そもそも帰るべきなのか?)

 兄やたちは長崎屋にかかりきり、大久呂屋は血眼になって若だんなを探す中、若だんなと妖たちは広徳寺の寛朝や禰々子の手を借りつつ奔走するのですが……


 長きに渡るシリーズでも三作目の長編となった本作は、若だんなと長崎屋に最大の厄災が迫ることになります。それもその引き金となるのがタイムスリップという意表を突いた展開――狂ってしまった未来を変え、正しい世界に変えるために奮闘するというのは、比較的見られるパターンですが、それがまさかこのシリーズで見られるとは! と驚かされました。(ある意味、時間の流れが非常に緩やかなシリーズということもあり……)

 それにしても本作において(大げさに言えば)歴史が狂うきっかけになるのが、若だんなのタイムスリップというのは突飛なようである意味納得ですが――それと同時に、若だんなと妖たちが明るく暮らす世界というのは長崎屋あってのものだというのも、言われてみればまた納得であります。
 そんな長崎屋が傾いている状態で展開する物語は、物語を支えている柱が傾いている状態。そのために物語全体がなんとも不穏かつ不安な空気に満ちており、長きに渡るシリーズの中でも、ここまでのピンチはほとんどなかったのではないかと感じます。

 そんな状況では長崎屋の妖たちもなんとなく精彩を欠くのですが、そこで大暴れしてくれるのが禰々子と河童一党であります。これまでの物語の中でも、颯爽と登場しては気持ちの良い活躍を見せてくれた禰々子姐さんですが、こういう不安な状況での頼もしさはピカイチ。様々な形で若だんなたちを助けてくれるその姿からは、本作における数少ない希望の光が感じられます。(が、それが終盤、とんでもない状況に繋がっていくのですが……)


 というわけで、若だんなと長崎屋の危機どころか、クライマックスには江戸壊滅の危機にまでスケールアップして展開していくという、長編に相応しい実に賑やかな内容であると同時に、「しゃばけ」らしいある種の苦さに満ちた本作。
 確かに、後半まで本当に先が見えない展開ということもあってか、展開が意表を突きすぎていてスッキリしない部分はなきにしもあらずであります。また、事態が深刻すぎて、今回の事件を引き起こした妖の掘り下げがちょっと足りない(そのために扱いに釈然としない)印象はあるのですが――それでも、シリーズの枠を踏まえつつそれを乗り越え、全く新しい物語を描いてみせたのは、大いに評価できるところです。

(シリーズのヒロイン格のはずなのに出番がほとんどなかった「彼女」が、これ以上若だんなに相応しい人はいない、と思えたのも大きな収穫ではないかと思います)


『いつまで』(畠中恵 新潮社) Amazon


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