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2024.02.27

都筑道夫『新顎十郎捕物帳』

 久生十蘭が生み出した極めて特異な捕物帳ヒーロー・顎十郎。その設定を受け継いで都筑道夫が描く、新たな顎十郎の活躍であります。ユニークな探偵がトリッキーな事件の数々に挑む、時代ミステリの名編ぞろいの連作短編集です。

 与力である叔父・森川庄兵衛の伝手で北町奉行所例繰方の役についている仙波阿古十郎――顔の半分を顎が占めているような異相で、ついたあだ名が顎十郎の阿古十郎ですが、しかし実は素晴らしく頭の回転の早い推理名人。
 難事件に弱った庄兵衛が謎解きを持ち込んでくると、御用聞きのひょろ松をお供にスッパリと謎を解いては、叔父から小遣いをせしめる――というのが、久生十蘭の『顎十郎捕物帳』であります。

 残念ながら今ではいささかマイナーな部類ではあるものの、今の目で見てもミステリとして見ても実によくできたこの『顎十郎捕物帳』。それにかねてから惚れ込み、自身の『なめくじ長屋捕物さわぎ』のルーツの一つと公言している作者が、作者の遺族の了承を受けて手掛けたのが本書。
 文体などは作者自身のものを用いていますが、登場人物や背景となる時代設定は原典のものを用いて、新たなエピソードを描いたというべき作品であります。
(ちなみに顎十郎、原典の後半では奉行所を辞めて駕籠かきになるというとんでもない展開なのですが、「新」の方はさすがに奉行所時代のお話となっています)

 さて、その原典譲りのミステリとしての面白さは、冒頭の「児雷也昇天」から発揮されています。
 湯島天神の境内の小屋でかかっていた児雷也の芝居の上演中に起きた怪事件。児雷也が大蛇の精の菖蒲太夫を斬り、捕手を妖術できりきり舞いさせて逃げおおせる――そんな内容そのままに、児雷也演じる市川登美五郎が、菖蒲太夫演じる岩井珊瑚を舞台上で本当に斬り殺し、蟇になって、飛び去って消えたというのです。

 話に尾ひれがついた部分はあるものの、珊瑚が斬り殺され、登美五郎が舞台から消えたというのは事実。何のかんの文句を言いながら乗り出した顎十郎ですが、やがて新たな殺人が起きて――という一編であります。
 この冒頭のまさしく外連味たっぷりな謎の提示も嬉しいのですが、それだけに留まらず、新たな事件が起き、そしてそこから、そもそも何故顎十郎が――というところまで踏み込んでみせる本作。凝った構成が実に面白い(そして話の落とし方もなんとも愉快な)、幕開けに相応しい内容です。

この作品を含めて、本書に収録されているのは全七篇。こちらもユニークな時代ミステリ揃いであります。
 大盗・伏鐘の重三郎が江戸に帰ってきた噂が流れる中、浅草寺一帯が消えてしまったのを見たと語る男が現れる「浅草寺消失」
 高輪東禅寺の英吉利領事館で、副領事の袂時計が消失した謎を解くため、顎十郎が出馬する「えげれす伊呂波」
 盗賊を追っていたひょろ松が誤って別人を殺し、死骸を両国の見世物小屋に隠したという疑いを晴らす「からくり土佐衛門」
 迎えに来た駕籠に乗せられていった先で姫君に憑いた狐を落とすことになったのが、意外な顛末をたどる「きつね姫」
 二人の女性の幽霊が出るという旗本屋敷に拐かされた娘を取り返しに向かった先で、当主が被害者の密室殺人が起きる「幽霊旗本」
 南町同心・藤波友衛とともにとある武家屋敷に拉致された顎十郎が、「あるはずのないものがあったり、あるはずのものがなくなった」謎を解く羽目になる「闇かぐら」

 いずれもあらすじの時点で一筋縄ではいかないのがわかる――だからこそミステリとして素晴らしく楽しい名品ばかりであります。

 特に、原典でも二度登場し、とんでもない大掛かりな事件を引き起こした伏鐘の重三郎がまたもやとんでもない事件を起こす「浅草寺消失」、原典でも顎十郎の(一方的な)ライバルとして登場する藤波友衛と呉越同舟、共に謎を解くことになる「闇かぐら」など、シリーズの設定を踏まえつつ、捻った展開が実に面白い。
 また、いかにも幕末らしい設定の「えげれす伊呂波」は、ミステリファンは思わずニッコリのオチも楽しく――と、仕掛けが満載された作品揃いです。

 意表を突いた謎の解決(それ自体がいずれもフェアで実に面白いのですが)だけに終わらず、そこからさらに物語に隠された謎と仕掛けが浮かび上がる、凝った構成の作品がほとんどというのも、作者の気合の入りようが窺えるようで楽しい本書。
 後半六作品を収録した第二弾、そして原典そのものの、いずれ近いうちにご紹介できればと思います。


『新顎十郎捕物帳』(都筑道夫 講談社文庫) Amazon

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