安田剛士『青のミブロ』第12巻 決戦の、そして芹沢劇場の始まり
週刊少年マガジンでの連載はいままさに最高潮ですが、単行本の方でも芹沢暗殺編のクライマックスに突入した『青のミブロ』。暴走する芹沢を暗殺する決意を固めた近藤・土方たちですが、新見の遺志を継いだ芹沢は万全の体制で待ち受けます。そして両者の間に立たされた、におたち三人の選択は……
幾多の暴走と悲劇を経た末に、新見が自決を遂げ、ついに芹沢排除の意思を固めた土方。それまで抑える側に回ってきた近藤もそれを認める――いや自らが陣頭に立とうとすらする――ことになります。
いつ、どこで、誰がやるのか、土方が、沖田が、原田が、山南が、藤堂が、永倉が、それぞれの想いを胸に行動する中、におは己が何をなすべきか、一人悩むのでした。
そして迎えた運命の文久三年九月十六日。八月十八日の政変での活躍を祝する宴会の帰り道で、土方たちは芹沢を暗殺するはずだったのですが――その目論見は次々と崩れていくことになります。
何事もなく八木邸に戻ってしまった芹沢の寝所に踏み込む決意を固めた土方たちですが、そこに待っていたのは……
ある意味、この物語が始まった時から、ここに至ることは決定付けられていた芹沢暗殺。それは決して変えられない、厳然たる史実でありますが、しかしそこに至るまでの経緯と、そして戦いが始まってからの経過は、我々が知るものと、大きく異なることになります。
その分岐点の一つが、新見の死であることは間違いないでしょう。本作においては、芹沢の幼馴染であり、腹心でありつつも一定の距離を置き、むしろ監察役として独自の立ち位置を占めていた新見。その彼も、史実同様に切腹することになりますが――その理由は何であったか。
前巻のラストでは、その直前に彼が芹沢と正面から向き合い、楽しげな笑みを浮かべながら何やら語り合う姿が描かれましたが、それこそが彼と芹沢が組んだ最後の企ての場だったのです。
土方たちが密かに暗殺準備を進める一方で、それを完全に読み――いやむしろ誘導すらした上で――万全の体制で待ち受ける芹沢。そう、ここから始まるのは一方的な暗殺などではなく、双方の力と知恵を尽くした戦闘なのです。
これまで幾度も述べてきましたが、本作の芹沢は単純な暴君ではなく、ガキ大将がそのまま大きくなったような部分と、多くの仲間を惹きつける将器を合わせ持つ人物として描かれてきました。それが、凶暴なのにどこか親しみやすさを感じさせる人物像に繋がってきたといえます。
そんな彼に相応しい最期とは何か――それは泥酔したところで寝込みを襲われて女と共に殺されるという、ある意味武士にあるまじきものではないでしょう。少なくとも、本作の芹沢と新見はそう考えなかった。それだからこそ、本作の芹沢は、自分の最期に相応しいステージを、自ら作り上げてみせたのであります。
土方たちを「最高傑作」と呼び、嬉々として迎え撃つ芹沢の姿は、まさに芹沢劇場。役者が違うとしか言いようがありません。
しかしそれと同時に、これ程自由に見えた芹沢もまた、様々なものに囚われていることが、やがて浮き彫りとなっていきます。己の望むままに生きてきたような芹沢が手に入れられなかったもの――それはなんであったか。
その一端は、この巻の名場面の一つ、その晩の宴に向かう際、にお・太郎・はじめの三人に対する言葉にも表れているように感じられますが――だとしたら、それに対してにおはどのように相対するのか。
彼が滅多に見せない激情で以って近藤に挑んだ結果、何が起こるのか。そしてそれが芹沢に何をもたらすのか。八木邸での決戦が続く中、その答えが描かれるのはまだ先であります。
しかしこれだけ完成度の高いドラマが展開する中、お梅のくだりだけは唐突感が高すぎるのが勿体なさすぎる……
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