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2024.02.04

松井優征『逃げ上手の若君』第14巻 時行、新たな戦いの構図へ

 時行たちの大敗北という結果で「中先代の乱」は終わり、そしてプレ南北朝の動乱というべき争いが始まった本作。新章というべき展開の中で、時行も再び動き出します。伊豆に潜伏していた時行の前に単身現れたのは新たなる変態、いや英傑。彼の導きで時行が向かう戦場とは……

 尊氏の神懸かった力の前に惨敗した末、諏訪頼重父子をはじめとする人々の貴い犠牲の末に、鎌倉から落ち延びることとなった時行と逃者党の面々。最高の忠臣であり、父親というべき存在でもあった頼重を失う痛みに耐えながらも、時行は、仲間たちと伊豆に潜むことになります。
 一方、時行の蜂起をきっかけに後醍醐帝に反旗を翻した尊氏は、時に敗北を喫しながらもまたも神懸かった力で大逆転。逃げるという点では時行以上であったはずの楠木正成も戦場に散り、もはや尊氏を阻む者はないように見えますが……

 という中、温泉に入ったり海の幸に舌鼓を打ったり、新技を開発したりUNKを収集したり仮面の下は実はイケメンだったのがわかったり――と、伊豆で色々やっていた時行たちも、ついにこの戦いの中に加わることになります。

 後醍醐帝に自己アピール文を送った時行の前に、供を一人連れただけで現れた人物。その正体は――北畠顕家!
 貴顕の身でありながら卓越した武を誇る傑物、後醍醐帝の下では義良親王を奉じて奥羽に下り、そして尊氏造反後は鎮守府将軍として一度は尊氏を九州にまで追いやった超人的人物を、本作はどう描いたか?

 ――花を背負ったキメキメの超美形にして、超上から目線で言葉責め大好きの変態でした。


 というわけで、主人公が大敗北からの雌伏を経ての奮起という、超盛り上がる展開を前に、一人で全てをかっさらった感のある顕家。前巻で文字通り顔見せがあった際には、そのあまりに「らしい」ビジュアルに感心しましたが、本作が歴史上の有名人でも(いやだからこそ)大変なアレンジをしてくるのを忘れていました……

 しかし本作の極端なアレンジは、キャラ立てのためというのはもちろんですが、当時の時代背景を描くためのものでもあります。ここでの顕家の超高飛車ウエメセキャラは、当時の公家と武士の関係性の一端を示すものであり――そして基本的に武士vs武士という武士の主導権争いであったこれまでの戦いから、物語の中心が公家・武士vs武士という国の在り方を巡るものに移っていくことを示してもいるのでしょう。
(しかしこの時代も相変わらずバーサーカー扱いの東国武士……)

 そしてその戦いの新たな構図の中に、時行も置かれることになります。時行はこれまで頼重の指揮監督下とはいえ、武士の一方の頂点に立つ者として活躍してきました。
 しかしその彼が公家の配下の一武士として、まさに「さぶらふ」立場として動かされることには、正直なところ違和感を感じるところではあります。

 とはいえ、それでもなお、時行には戦う理由があり、戦う意思があるということなのでしょう。そして何より、彼の前には倒すべき敵が待ち受けます。
 かつて中先代の乱において時行たちの前に立ち塞がり、その多くが命を落とした関東庇番衆の一人・斯波孫二郎改め家長。その後、直義の跡を継ぐ形で奥州総大将兼関東執事となった彼が、同じく今は副執事となった上杉憲顕と共に、鎌倉防衛のために顕家をそして時行を阻むことになります。

 かつての戦いでもその才を活かして時行を苦しめましたが、敗北からさらに成長して今では顕家を翻弄するほどになった家長。緒戦の利根川での戦いでは、生存を伏せていた時行の登場もあって勝利することができたものの、彼の本領発揮はこれからでしょう。

 しかしもちろん顕家の、そしてパワーアップした時行たちの本領発揮もこれからであります。特に今回はまだ顔見せ段階の顕家麾下の将たちの変態――いや活躍ぶりも楽しみなところ、再起した時行の戦いは、いきなりクライマックスに突入したという印象で次巻に続きます。


 それにしても顕家麾下の変態といえば、誰もが驚く結城宗広でしょう。以前登場していた保科配下のモブ顔殺人鬼がまさかの伏線だったというのがまず驚きですが、原作(?)再現しただけなのにインパクトありすぎるこの設定に、もはやこの先、彼から目が離せないのであります。

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