峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録 城下のあやかし』
『ゲゲゲの鬼太郎』第6期のノベライズを担当する等、妖怪もので大活躍中の作者が描く、少年時代の泉鏡花(鏡太郎)の物語――怪異をこよなく愛する鏡太郎と車夫の義信が、金沢で起きる様々な怪異の謎を解く連作、待望の続編であります。
私塾の寄宿生でありながら、英語の講師を務める泉鏡太郎――実は無類のおばけずきである彼は、怪異譚をこよなく愛し、実際におばけに出会うことを夢見る変わり者の美少年。故あって人力車夫として働く傍ら、英語を学ぼうとする青年・武良越義信は、本物の怪異に出会うことができたら受講料を免除するという条件で、その鏡太郎に怪異にまつわる噂を持ち込むことになります。
そして怪異の仕業としか思えない様々な事件に遭遇する二人。鏡太郎は、事件の背後に潜む意外な真実を次々と解き明かしていくのですが……
本作は、そんな前作の物語からそのまま続く、正当続編であります。前作では実は仇討のために英語を学んでいた義信ですが、ラストである意味目的を果たした彼には、もう鏡太郎に学ぶ必要はないのでは――と思われましたが、観光地の車夫としては知っておいた方が良いから、という理由であっさりクリア。
かくて、今回も鏡太郎と義信のコンビが金沢の怪異を追うことになります。
そんな二人を描く物語は、以下の全五話で構成されています。
陸軍少佐夫人の家庭教師を依頼された鏡太郎が、魚の化生ではないかと噂される彼女の周囲の不気味な暗合を知る「海神別荘」
天狗に神隠しされてから別人のように真面目になっただけでなく、奇妙な行動を取る医者の息子の謎「茸の舞姫」
山で偶然河童らしき影を目撃した義信が、鏡お化けを撃ちたいという有力者の息子を鏡太郎と案内する「貝の穴に河童の居る事」
貸本屋の娘・瀧の許嫁が山で神隠しに遭い、帰ってくるまでに見たという奇妙なお堂と美女の不思議「竜潭譚」
金沢の町の方々に様々な者たちが赤い旗を立て、近いうちに金沢で大火事が起こるという噂を流すという怪事――その背後にある人物の存在を悟った鏡太郎と義信が、意外な真実を目の当たりにする「朱日記」
前作同様、今回もやはり、いずれのエピソードも鏡花の作品をサブタイトルに据えており、元作品を知っている方であれば、内容が読めてしまうのでは――と心配になるところはあります。
しかし鏡花の作品ではあくまでも妖異幻想的な世界の物語の出来事であるものを、巧みに現実世界に移し換え、一つの解(時にしかし――という余地を残しつつ)を与えるという、前作同様、というより作者お得意の趣向は健在であります。
そしてまた、本作が後の鏡花の二つの精神性の源を、その少年時代である鏡太郎の中に見出すのも同様であります。一つは、失われていくものへの愛惜。そしてもう一つは、虐げられる者たちへの共感と憤り――それが描かれているからこそ、本作は鏡花の作品の内容を単純に踏まえるだけはない、物語としての味わいが生まれていると感じます。
そんな鏡太郎の、そして本作の姿が最も強く現れているのがラストエピソードであることは間違いありません。そしてそこで描かれるのは、決してヒーローではなく、一種の傍観者でしかない鏡太郎の姿なのです。
そう、鏡太郎にできるのは、怪異の真実を明らかにすることだけであり、その根源を取り除く力は、彼にはありません。
それでも、いやそれだからこそ、最後の事件において、彼にはどうにもできない現実に追い詰められた者を前に、ただ必死に心からの言葉をかけることしかできない彼の姿が、強く印象に残ります。
その一方で、直後に現実を超えた「ここではないどこか」への強い憧れに囚われてしまう姿もまた、実に鏡花らしいのですが――しかし本作においては、彼は決して一人ではないこと、そして現実に生きる人間であることを示す結末もまた、心を温めてくれるのです。
二度あることは三度ある――三度、鏡太郎と義信が怪異と出会い、そしてその背後にある心に寄り添う姿を見たいものです。
ちなみに本作の第三話で示された「河童」の正体、これはもしかすると最近の四国での出来事を踏まえているのかもしれませんが、いずれにせよ斬新な(そしてあまりに切ない)解釈であることは間違いないでしょう。
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