白井恵理子『黒の李氷・夜話』第4巻
時を超えて生き続ける黒衣の少年・李氷と、様々な時代に転生して彼と出会い、惹かれ合い、そして憎しみ別れる美女・セイの物語もこの巻で折り返し地点となります。前漢の武帝の時代を舞台に展開する悲劇の中、二郎真君が語る大いなる謎とは……
古代から近代に至るまで、中国大陸の歴史の様々な場面に現れる少年・李氷。老師こと太上老君を親代わりとし、妖鳥・畢方が変化した黒衣をまとう、皮肉な少年である彼は、夏朝末期に出会った美女・成湯に強く惹かれるものの、皮肉な成り行きで引き裂かれ――その後も、転生した「セイちゃん」と出会い、別れる運命にあります。
そしてこの巻の前半の「蠱」の舞台となるのは、前漢の武帝の時代。川で溺れていた子供・阿古を助けた李氷。実は阿古が武帝の孫だったことから、李氷はその護衛役である霍子侯(霍去病の子)として転生したセイと出会い、阿古のもとに留まることになります。
そんな李氷の前に現れ、天界から逃げ出した邪気が、災いを起こそうとしていると語る二郎真君。はたして長安の周辺では奇怪な巫蠱――呪いのかけられた木彫りの人形を手にしたものは、たちどころに顔が崩れ落ちて死ぬ――が流行していたのです。
これに対し、武帝の寵臣・江充は、これが皇太子・劉拠の仕業と唱え、ついに武帝と劉拠の軍が激突するに至るのでした。
巫蠱を放っているのは何者なのか。そして何故、誰を狙っているのか。やがてあまりに残酷な真実を知った李氷は……
前漢の全盛期であった武帝の時代の末期、長安を騒がした巫蠱が、ついには骨肉の争いにまで発展することとなった巫蠱の禍(あるいは巫蠱の乱)。
これまでも様々な呪術・妖術を題材としてきた本作ですが、実在の(?)呪術を扱ったこのエピソードで描かれる巫蠱は、老若男女を問わず顔が崩れ落ちるというビジュアル的にインパクトの大きなもの――しかも李氷ですら手を焼く凶悪さで、天界から二郎真君が乗り出すのも納得であります。
(ちなみに二郎真君がセイと初めて出会ったのは、彼女が荊軻に転生した時なので、彼にとっては「荊ちゃん」なのが可笑しい)
しかし真に凶悪なのは、クライマックスに明かされる、その巫蠱の術者であります。あるタブーが元で生まれたという、何ともやりきれない存在である上に、およそ普通の主人公であれば手出しできそうにない相手なのですが――だからこそ李氷が、ということになるものの、しかしそれでも彼の選択は、あまりにもやりきれないものであります。
どこか似たもの同士である故か、二郎真君を前にしては生の感情を出す傾向にある李氷ですが――本作のラストでの叫びは強く印象に残るのです。
しかしもう一つ見逃せないのは、作中で二郎真君が口にする、ある疑問でしょう。何故天帝はセイを――それも大陸に異変が起きる時に――転生させるのか。そして李氷は何者で、誰が仕組んで何故セイの転生を追わされているのか?
これまである意味自明のものと思われていた李氷とセイの関係性の謎は、この先、後半の物語を引っ張っていくこととなります。
そしてこの巻の後半の「妖貴妃」は、サブタイトルで察せられるように、唐の楊貴妃を題材とした物語であります。
おかしな縁で、天才的な腕を持つ彫り物師・柳青と出会った李氷。そこで彼が出会ったのは、柳青の幼馴染の少女・玉環でした。
幼いうちから李氷を驚かせるほどの無意識の蠱惑的な魅力を持ち、成長していくにつれてさらにその力は強くなっていく玉環。しかし柳青は玉環から寄せられる好意を拒み、彼女はやがて宮中に上がることになります。
そしてその後の彼女の運命は歴史が示すとおり――ついに国を乱すまでとなった彼女の存在。誰もが彼女に惹かれ、そして憎む中、自分の心の中と向き合った柳青が彫った彼女の姿は……
セイは登場しない、いわば脇筋ではあるものの、それぞれ一方方向に終わる男女の情の哀しさが印象に残るこのエピソード。
玉環の妙にリアルな存在感(安禄山が、彼女のあまりに蠱惑的な美を恐れて逃げ出し、乱を起こす描写に不思議な説得力)もさることながら、クライマックスに柳青が彫った彼女の姿が、不思議な余韻を残します。
あれはやはり真実の姿だったのか、それともそれもまた、男の勝手な視線に過ぎなかったのか、と……
(ちなみにラストを見るに、柳青の存在は、天津の楊柳青木版年画からの逆算なのでしょう)
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