赤名修『賊軍 土方歳三』第10巻 アボルタージ! 宮古湾、血に染めて
五稜郭を奪取し、次いで松前城を陥した土方たち旧幕府軍。しかし戦勝に沸く中で、土方に死の影が忍び寄ります。そしてさらに蝦夷に迫る新政府の新鋭艦・甲鉄。この窮状に対する旧幕府軍の起死回生の一手は、はたして成功するのか――宮古湾が血に染まります。
怪物・三上超順を倒し、松前城を陥落させた土方たち。しかし旧幕府軍が意気上がる一方で、土方の身体は着実に病魔に侵されていきます。それをひた隠しにして戦い続ける土方ですが、ここに大敵来襲の報せが入ります。
それは甲鉄をはじめとする新政府軍艦隊の北上――かつては榎本が幕府に買い上げようとしていた甲鉄が敵に回るという皮肉もさることながら、開陽丸が失われ、海軍力で遥かに劣る旧幕府軍にとっては、致命的な事態であります。
ここで旧幕府軍が取った窮余の一策とは――皆さんご存知アボルタージ、すなわち敵艦へ切り込んでの甲鉄の奪取。さすがの土方も無謀ではと考える意表を突いた策ではありますが、しかし座して死を待つわけにはいかない――と、回天・蟠竜・高雄の三艦は、新政府軍の艦隊が停泊する宮古湾に向けて出撃することになります。
そして土方、相馬主計、野村利三郎ら、新選組の面々も、回天に搭乗して作戦に参加するのですが……
というわけで、まさに回天の一策として行われた甲鉄奪取作戦を、ほぼ一冊丸ごと費やして描く本書。その経緯については、基本的に史実と変わることないのですが、しかしその中で描かれる、土方が、旧幕府軍が、そして新政府軍が何を想って行動したかの心情は、もちろん本作ならではの内容であります。
ただでさえ乾坤一擲の作戦であるところに、状況は悪い方へ悪い方へ向かっていくという、その場に旧幕府軍側で参加していたら心が折れそうな中で、それでも奇襲を仕掛ける。それも本来想定していなかった回天で以て――結果だけみれば無謀で愚かな行為であるかもしれませんが、しかしもうこれしかなかったという悲壮感、そしてそれに命を賭けた面々の覚悟というのは、やはり胸に迫るものがあります。
そしてそれを作者一流の画力で描くのですから、盛り上がらないはずがないのです。
その中で特筆すべきは、やはり野村・相馬の姿でしょう。二人とも近藤と共に新政府軍に捕らえられ、そして近藤の助命嘆願によって救われた、いわば忘れ形見同士――そんな二人が、命の使いどころはここ、と勇躍立ち上がる姿は、近藤が野村を諭すのに良寛の歌を引いたという(おそらくオリジナルの)エピソードを挿入することで、もうこれしかない、という印象を残します。
(だからって「これは我々にとっての「池田屋」なんです!」というのはどうかと思いますが――いや、それはそれで妙に説得力があるだけに)
しかし、どれほど彼らが善戦しようとも、(これまでの戦い同様)その結末は史実と変わるものではなく、そこは本当に辛いところではあります。
しかし結果としてさらに傷を増やしただけに終わったこの奇襲が、決して無意味なだけでなかった――と、まだ青年士官だった東郷平八郎のあの有名なエピソードを引いて語るのは、定番であり(そして事実としてどうなのかなと思い)ながらも、やはり一つの救いとして、グッとくるのです。
とはいえ、やはり失敗は失敗。榎本の失意たるや、言うまでもありません。特に本作においては、榎本は対甲鉄用の特殊砲弾を用意していたという設定だけに、その傷はより深いのですが――そこから立ち上がるのに、土方が直接的に、そして間接的に手を貸すのもまた面白い。
そしてその果てに、最後の戦いの幕が開くことになるのですが――土方の二股口出陣まであと八日、という何とも気を持たせる引きで終わるこの巻。いよいよクライマックス目前であります。
ちなみに今回(宮古湾海戦には直接参加できなかったこともあって)顔見せに近い登場ではあったものの、大きな存在感があったのは伊庭八郎。
そういえば本作では初登場でしたが、大名(山内容堂!)相手に花魁を張り合った挙げ句に刺客を送られたという吉原土手の大喧嘩を引いての登場には盛り上がります。いや、史実かどうかは大いに怪しいところですが、二人の「らしさ」を描く物語として……
何はともあれ、本作において伊庭八の最後の戦いがいかに描かれるかもまた、大いに気になるところであります。
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