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2024.04.11

松井優征『逃げ上手の若君』第15巻 決着、二人の少年の戦い そしてもう一人の少年

 捲土重来を期して北畠顕家の下での戦いを開始した時行と逃者党。その前に立ち塞がるのは、奥州総大将兼関東執事として鎌倉を守る斯波家長であります。杉本寺で周到な防御を固め、あらゆる策で時行に揺さぶりをかける家長との対決の行方は――いま、二人の少年の戦いが決着します。

 「中先代の乱」が敗北に終わり、一度は伊豆に逃れたものの、南朝に帰参し、北畠顕家の下で再起した時行と逃者党。二年ぶりの戦いの緒戦では、かつての関東庇番衆の一人、今は奥州総大将兼関東執事となった家長と激突、勝利を飾るのでした。
 しかしその策士ぶりに磨きをかけた家長は、鎌倉の杉本寺で防御を固め、顕家と時行を待ち受けます。短期決戦を望む顕家は力攻めを決意、時行はその先鋒を務めることに……


 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、顕家・時行と家長の決戦である杉山寺の戦い。かつては庇番衆最年少であり、未熟な部分も感じられた家長も、その長い役職名に相応しい実力でもって、時行たちを待ち構えます。
 それも、狭く急な石段の上で待ち構えるという単純明快かつ強固な陣構えだけでなく、捕らえた時行の叔父・泰家を人質に取ることで時行の動揺を誘い、そこにドーピングにドーピングを重ねた長尾景忠が襲いかかるという周到な策。逃げるも戦うもならず、時行たちは絶体絶命の状態に陥ることになるのですが……

 捨てる神あれば拾う神あり。どう見ても新たな仲間だったあのキャラがついに参戦、滅茶苦茶にケレン味たっぷりなアクションで初陣を飾ります。さらに顕家が、それ以上に美しいんだか何だかわからない秘技を披露――新キャラが大活躍して状況を変えるという、新章の冒頭として理想的な展開となります。

 しかしこの先を決めるのは、両軍の大将である二人の少年です。それぞれに大切な人々の想いを背負ってきた時行と家長が、それぞれの持てる力を出し尽くしてぶつかり合う様は、ただ激しく美しく、そして切なく映ります。
 人を食ったようなギャグやパロディを連発しつつも、その中で真摯な人の想いの交錯を真正面から描いてみせる――これは、そんな本作の魅力の一つが存分に描かれた名勝負というべきでしょう。

 そしてその先に家長が見た未来も、これまたいきなりなパロディのようでいて、家長がその生を燃焼し尽くしたことを逆説的に描いているのに、また唸らされるのです。


 そして二年ぶり再びの鎌倉帰還を飾った時行ですが、この巻の後半で描かれるのは、軍の食糧難を解決するために顕家立案で行われる狩猟大会。
 これがまた幕間のコミカルなエピソードかと思いきや(いやその通りではあるのですが)、その中で様々なキャラクターの顔が描かれるのですから油断できません。

 そしてその中でも強くスポットが当てられているのが雫と亜也子――ともに長きに渡り最も近くで時行を支えてきた二人が、時行に対する想いを垣間見せるくだりは、少年漫画らしいドキドキ展開のようでいて、不安定な未来にためらう少女たちが一歩踏み出す姿を瑞々しく描いて、爽やかな後味を残します。
(今の所、イヤミな方言キャラの南部師行をさり気なく立ててみせる展開も実に巧い)


 このように、とにかくキャラの動かし方・見せ方の巧みさに感心させられるこの巻なのですが、最後の最後に、それが極めつけの爆弾となって投下されることになります。

 時行の前に現れた同年代の少年――かつて鎌倉東勝寺の小坊主として北条家滅亡をその目で見届けたというその少年(まさかの第一話からの伏線!)が、父との関係に悩んでいるというのを励ます時行。
 その言葉に力を得て、父と会う決心をつけたその少年の名は……

 いやはや、ここで! ここでこうくるか! と絶句するしかない展開であります。
 史実では時行とほとんど交錯することのないこの人物が、この先物語でどのような動きを見せるのか、またもや未来が気になるヒキなのです。


 しかし時行生存を知った尊氏、「許るさーん!!」と言い出しそうな勢いで……


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