白井恵理子『黒の李氷・夜話』第5巻
永遠とも思える時を生きる黒衣の少年・李氷の物語も、いよいよ後半戦に突入であります。この巻では日本の平安時代を舞台としたエピソード「鬼童子」をはじめ、三つのエピソードを収録。そんな中、思わぬところで(?)明らかになる、物語を貫く巨大な謎の存在とは……
中国の歴史上の様々な事件の渦中に現れては、その中で思わぬ役割を果たす李氷。夏朝末期に出会った美女・セイちゃんこと成湯に強く惹かれ、転生を繰り返す彼女と出会っては引き裂かれる李氷の姿が、これまで物語の中で描かれてきました。
この巻の冒頭に収録された「鬼童子」は、その李氷が日本に現れるエピソード。これまでも元寇の際に彼は日本に現れましたが、時系列的にはこれが初めての来日ということになるでしょうか。
ある目的を持って日本の京を訪れたものの、何者かが施した強力な魔封じの結界によって、術を封じられてしまった李氷。そんなところを巨大な鬼に襲われた彼は、源頼光に命を救われることになります。
開けっぴろげな頼光に戸惑いつつも、目的を果たすために彼の郎党に加わる李氷。しかし頼光の下で出会った彼の幼馴染・安倍晴明は、あたかも李氷の正体を知るような態度を見せるのでした。
そして目的の品があると思われる正倉院に忍び込んだものの、再び現れた鬼にそれを奪われ、追跡する李氷。何故鬼が結界の中で動けるのか、その理由を知った李氷は、黒幕と対峙するのですが……
と、どう考えても黒幕が誰かは一目瞭然なエピソードではありますが、しかし印象に残るのはここでの晴明と頼光の関係性。晴明と頼光が共演する作品は数あれど、このような形は初めて見たような気がします。
(まあ、実際には晴明の方が20年ほど早く生まれているので、そもそも本作のようにはならないわけですが……)
そしてラストで明かされる李氷が日本までやって来た理由とは――今まで語られたことのなかったアイテムのような気がしますが、しかし重要なものであろうことは間違いないでしょう。
そして、この巻で最も番外編的内容にして、最も本作の核心に迫るのが、二話目の「女媧神話」であります。
天界で、天地を補繕する巨大な女神・女媧の姿を幻視した二郎真君。女カは、己の心臓である五色の玉の一つを盗んでいった者がいるため、6500万年前に崩れた天地を補繕し、人間を生み出すことができないと、二郎真君に告げます。
その後、天帝より、セイこと商の初代皇帝・成湯の死を看取るよう命じられた二郎真君は、若き日から全く変わらぬ成湯の姿に驚かされることになります。女媧と成湯、同じ面影を持ち、同じ男のことを語る二人の関係は……
主人公である李氷が登場しないという、珍しい内容のこのエピソードですが、仄めかされるのは、女媧=セイであり、そして女媧から奪われた宝玉が李氷の心臓に使われているという事実であります。
このエピソードの主人公(というか狂言回し)を務める二郎真君が前巻で語ったように、何故セイは歴史上異変が起きる時に転生し、李氷はそれを追うように現れるのか――ここで語られるのが、その答えの一端であることは間違いありません。
しかし不気味なのは、天地が崩れ、人間が生まれないという、あり得べからざる歴史の存在であります。もちろんそれはifの歴史ですが、しかし展開次第でことと次第では、それが現実のものになるかもしれない――ことは李氷の恋に留まらないことが、ここでは予告されているのです。
そしてもう一編収録されている「送狼」は、前漢の後宮を舞台とした、これも少々変化球の一編。方士として皇帝に召し抱えられた李氷が出会った娘・朱芳の視点から、物語が描かれることとなります。
宮中一の美女を自負し、周囲から嫉妬の目を向けられる彼女につきまとう犬の影。李氷はその影が、毎年宮中で美女が行方不明の原因「送狼」だと語るのですが……
以前から彼女のことを知っているような言動を見せる李氷の真意は、そして物語が進むにつれて湧き上がる違和感の正体は――セイが登場するものの遠景に留まるという、珍しいエピソードでもあります。
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