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2024.04.19

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第16巻 都生まれ都育ち、時代の申し子の力を見よ

 長きにわたって描かれてきた駿河を巡るドラマもいよいよ佳境。甥の今川龍王丸の後見人として駿河に入った新九郎は、小鹿新五郎範満を戴く勢力と対峙することを余儀なくされます。龍王丸が色々と不安な中、硬軟使い分けて状況に対応する新九郎。しかしついに決定的な決裂の時が……

 いよいよ元服を機に駿河に帰還、守護の座を継ぐことになった龍王丸。この甥と共に一党を率いて駿河に入った新九郎ですが、しかしどうにもマイペースな上に武張ったことを恐れる龍王丸の言動に、新九郎たちは振り回されうことになります。
 さらに龍王丸が不在の間、駿河を治めていた小鹿新五郎範満の一党が龍王丸の帰還を歓迎するはずもなく、新五郎の健康状態が思わしくないことも含めて、緊張は高まるばかり。

 そんな中、小鹿派の代官交代の要請を無視されたことに、ついに堪忍袋の緒が切れた新九郎は、兵を率いて代官所に向かい……

 というわけで、ついに武力行使に発展してしまった駿河守護を巡る対立。武力行使とはいっても、代官所に居座る前任者を叩き出すというレベルですが、ついにやってしまったか、という印象であります。
 しかし、一時の感情に駆られたように見えた新九郎ですが、彼にとってこれはあくまでも交渉の一手段。直接的な力の行使によって押した次は、一歩引いて相手に譲歩し、出方を窺ってみせる。その呼吸は巧みというほかありません。

 駿河土着の武士からは、初陣もまだの青二才(ちなみに、言われてみなければ気付きませんでしたが、先の代官所へのカチコミが、彼の初陣だったという……)と侮られる新九郎。
 しかし彼が、権謀術数入り乱れる政治の最前線であり、そして時には国を二分する戦場の最前線でもあった都で、幼い頃から暮らしていたのは誰よりも我々読者がよく知っています。それが今、見事に花咲いた――というには色々と黒い花ですが、しかし彼の大きな成長を感じさせます。
(そしてまた、彼を支えるいつもの面々もまた、いつもの調子ながら実に頼もしい!)

 北条早雲といえば、戦国大名の先駆け、下剋上の権化のような人物という印象がありましたが、それを今までとはまた別の意味で、「時代の申し子」として丹念に描く本作の姿勢には、毎回感心させられます。


 それはさておき、そんな新九郎に触発されたか、龍王丸も新五郎との対面を決意。相変わらずのマイペースぶりに新九郎をハラハラさせる龍王丸ですが、しかし新五郎も凡夫ではありません。この対面で、龍王丸の中の非凡な部分を感じて――と、このままいけば非常にドラマチックなのですが、事態は別の意味でドラマチックな方向に向かいます。

 かねてより体調を崩し、見た者に長くはないとすら思わせる状態の新五郎。そんな彼の焦りと迷い(そして妄念なのか本物なのか、彼の枕元に立つ今川義忠の煽り)、そしてそれに乗じた周囲の暴走により、ついに状況は二度と戻れない域に突入することになります。
(有能そうなキャラがいきなり――合掌)

 しかし、今はこれも新九郎にとっては策のうちに見えるのが恐ろしい。戦いが始まる前に戦いの成り行きを見透かしていたかのような彼の動きは、小鹿方の先を行き、この巻のラストではついに――と、ここで終わるのか、と実にイイところで続きます。


 ちなみにこの巻ではわずかな登場となった京の人々ですが――前巻でも将軍位を巡る思惑が、思わぬところで影響することが描かれましたが、この巻では六角氏討伐のために将軍義尚自らが出陣したことが、駿河にまで思わぬ影響を及ぼした(新九郎が利用した)ことが描かれます。

 足利義尚の鈎の陣といえば、時代ものファン的には甲賀大活躍のエピソードなのですが、(それは全く関係なしに)こういう形で地方に影響を及ぼすことになるのか、と大いに感心した次第です。


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