『歴屍物語集成 畏怖』(その二)
フレッシュな歴史小説の名手たちがゾンビ歴史小説を競作する驚きの企画『歴屍物語集成 畏怖』紹介の第二弾です。壮絶なゾンビとの死闘から一転、今回取り上げる作品では個性的な生ける死人の物語が描かれます。
「土筆の指」(西條奈加)江戸時代初期、中部地方
半月ほど前に亡くなった稗八の墓から、土筆のようなものが四本突き出しているのを見つけた小坊主の真円。しかしひとりでに蠢くそれが、墓の中から突き出た指だと気付いた真円は、兄弟子の実慧に慌ててそれを知らせます。
そこで実慧が寺男の悟助に手伝わせて墓を掘り起こしてみれば、そこにいたのは半ば腐っているのに確かに動いている稗八。好奇心から彼を検分する実慧ですが、後に遺した恋女房の名を聞いた途端、稗八が暴れ出して……
前二作で激しいゾンビとの戦いが描かれただけに、まさかまさか西條奈加も――とドキドキしましたが、蓋を開けてみれば本作は、どこか民話めいた中に生々しさを散りばめた、作者らしさを感じさせる物語であります。
臆病な真円、好奇心旺盛な実慧、異様に冷静な悟助の三人が、それぞれ生ける死人にリアクションする様は、深刻なはずの物語にどこか呑気な空気を与えます。(特に科学者的な視点で稗八を見る実慧が可笑しい)
しかしそんな中で、やがて明らかになっていくゾンビ側の事情は、あくまでも深刻で切実であります。むしろゾンビの側に人の情を感じさせられるとは! と終盤の展開には驚かさるのですが――そんな、これまでと一線を画すゾンビ誕生を巡る結末の一捻りにも理由にもまた脱帽です。
「肉当て京伝」(蝉谷めぐ美)一七九三年、江戸銀座
何をしたってうまくゆく人生を送ってきた山東京伝が、妻に迎えた元遊女のお菊。遊女の頃から深く馴染んでいたお菊ですが、しかし彼女は京伝に、自分は実は陸に上がった人魚だと打ち明けます。
驚きながらもそれを受け容れ、仲睦まじく暮らす二人ですが、やがてお菊は病に侵され、日に日に弱っていくことになります。
しかし一度死んでも甦ると語った通り、亡くなった後に、京伝の前に戻ってきたお菊。ところが生前の姿から変貌していく彼女を恐れるようになったいく京伝。そんな彼に対して、お菊は食事時にある行為を強いて……
本書の中で最も異色作というべき本作は、相当に変化球の生ける死者の物語であると同時に、極めて切なく、そして恐ろしい愛の物語であります。
京伝の妻・お菊(実在の人物であります)が実は人魚だった――というだけでも驚かされますが、それは人間と化け者が同じ世界にごく普通に存在する、ある意味作者らしい世界観といえるでしょう。しかし本作の凄まじさはそこから先にあります。
強く愛し合った二人が幽明界を異にした時、その界を越えようと誓ったことから生まれる恐怖と哀しみの物語は、古今東西に(それこそこの国の始まりの時から!)存在します。しかしそれをこのように「料理」してみせるとは――作者の着想の卓抜さに驚くばかりです。
しかしそんな本作で何よりも心に刺さるのは、終盤にお菊が呟く、ある言葉でしょう。彼女の「熱くて粘り気のある」愛に応える覚悟を決めた京伝の想いと、ありのままの自分を受け止めてほしい彼女のそれと――その両者の間に、どうしようもない断絶があることを突きつけるその言葉を、我々はどう受け止めるべきでしょうか。
極めて特殊な生ける死者の物語だからこそ描ける、しかし男と女の普遍的な愛のすれ違いの姿がここにはあります。
もう一回続きます。
『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆 中央公論新社) Amazon
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