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2024.05.16

廣嶋玲子『隠し子騒動 妖怪の子、育てます』 親と子を巡る楽しくて黒い物語

 子供に生まれ変わった大妖と、彼を育てる青年の騒々しい毎日を描く妖怪時代小説の第四弾、第一シリーズから数えれば通算第十四弾は、シリーズ冒頭から登場している人間・久蔵を中心とした物語。今は妻と二人の子供に囲まれて幸せに暮らす彼の前に、ある日突然、彼を父と呼ぶ子供が現れて……

 我が子のように育ててきた少年・弥助を救う代償に、全ての記憶と力を失って赤子になった大妖・千弥。千吉と名付けて彼を育てる弥助ももう青年となり、忙しく妖怪の子預かり屋を続けています。

 しかし転生前同様、猛烈に弥助に執着する千吉は、彼を独り占めするために仮病を使うことを思い立って――というのが冒頭のエピソード。何だかんだで子供らしい考えが微笑ましい(ように見えて、文字通りのヤンデレ状態……)ですが、彼の思惑は、思わぬ形で東西の妖怪奉行を巻き込むことになります。
 相変わらず大人気ない二人にクスリとさせられますが、しかしそんな中で、ある妖怪の黒々とした思惑が描かれ、うそ寒い気分にさせられるのは本作らしいところでしょう。

 そしてこうしたキャラのやり取りの楽しさと、それと背中合わせの物語の怖さあるいは黒さは、この後も変わりません。続くエピソードでは、好色妖怪・黒守が弥助のところに人間の女の子を連れてきたことから騒動が始まります。
 妖怪・人間を問わず、それどころか男女も問わない好色ぶりで知られる黒守――そんな奴が、女の子を連れてきて、弥助に預けていったのだからさあ大変。しかもその子供が、大変にみすぼらしく汚い格好をしているときては、弥助的には見過ごしにできません。

 弥助がせっせと女の子の世話を焼くのがつまらない千吉は、黒守を追い払えば女の子を預かる理由もなくなる、と考えて、また一人で突っ走ることに――と、コミカルなエピソードのように見えますが、この女の子にまつわる物語がまた実に重い、というより黒い。
 この女の子が、黒守と出会うまで周囲から「ひる」と呼ばれていた、というだけで厭な予感がしますが、その通りに彼女の辿ってきた短い半生はあまりにも辛い。ある意味作者の本領発揮ともいえる、人間の醜いエゴをこれでもかと感じさせる内容であります。

 その上におかしな妖怪に目をつけられるとは――と、辛い物語を展開させつつ、終盤で一転、胸が暖かくなる物語に変えてみせるのもまた、作者の巧みなところであります。(特に女の子の名前の活かし方には脱帽!)


 そして本作の半分近くを占めるのが、タイトルのエピソードとなります。主役となるのは久蔵――弥助たちの長屋の大家であり、シリーズの冒頭から弥助と千吉(千弥)と関わってきたレギュラーであります。
 色々あって華蛇族の姫・初音と結ばれ、天音と銀音という双子の娘を授かって親バカぶりを発揮している久蔵ですが、元は大変な遊び人。そんな彼の過去が思わぬ形で影響を及ぼすことになります。

 ある日、突然彼の前に現れ、「おとっつぁん! 会いたかった!」と叫んだ少女・おまき。聞けば彼女の母親は、久蔵がかつて一緒に暮らした芸者のお八重だというのですから、傍から見れば明らかにクロであります。
 一端はおまきを帰した久蔵ですが、妻子は実家に帰ってしまい、久蔵は弥助のもとに転がり込むことに……

 という冒頭部分だけ見れば、よくある(?)人情ものの一幕かもしれませんが、もちろんそれで終わらないのが本作。おまきが久蔵をはじめとする周囲の者たちに、何とも厭なものを感じさせるのは何故なのか。母を亡くして久蔵を訪ねてきたはずの彼女が妙に良い身なりなのは何故なのか。そして彼女が頼っている相手とは……

 そこで明らかになる真実もキツいのですが、何よりも辛いのは、他者の悪意によって捻じ曲げられていく魂の存在でしょう。状況的にはあまり同情できないとはいえ、しかしもう少しどうにかできなかったのか――と、鉛を飲んだような気分となります。
 もう一つ、これも仕方ないとはいえ、親としてのエゴ全開の久蔵の姿もかなり辛い……(これは読者への情報の見せ方にもよるのですが)


 そしてこの事件の余波は、思わぬところに広がっていきます。妖怪と人間の間で邪悪な企みを巡らす存在の出現に、一転して緊迫した空気に包まれる弥助と千吉の周囲。もちろんこれに対して手をこまねいている大妖たちではありませんが――ラストではあまりに意外な展開が待ち受けます。

 シリーズファンほど、そんなまさか! と言葉を失う展開で、物語は次巻に続くことになります。


(しかし、弥助は妙なところでモテ期に入っているような……)


『隠し子騒動 妖怪の子、育てます』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon


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