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2024.05.10

『歴屍物語集成 畏怖』(その三)

 歴史小説ミーツゾンビという驚愕のアンソロジー『歴屍物語集成 畏怖』紹介の第三弾・最終回であります。本書の掉尾を飾るのは、最もこうした世界から遠いと思われた作家。しかしその描く世界は、それだけに大きな驚きと深い感動を呼びます。

「ねむり猫」(澤田瞳子)一八二六年、江戸城大奥
 ある朝、息を引き取っているところが見つかった徳川家慶の側室・お波奈の方の愛猫・漆丸。お波奈の方が知る前に亡骸の焼却処分を求める局女中に、漆丸を可愛がってきた部屋子のお須美は強く反発します。

 大奥に古くから現れる奇病「腐れ身」。人に限らず、犬や猫、鼠などに感染し、感染したものに咬まれたり、傷をつけられたりした相手は、意識を失った後に同様の存在となって、周囲の人や獣の肉を食もうとする――漆丸は他所の局に現れた腐れ犬と組み合い、この病に罹患していたのです。

 自分たちを守って罹患した漆丸、天涯孤独の自分を癒やしてくれた漆丸を焼くわけにはいかないと決意を固めたお須美。彼女は元部屋子だったというお半下の助けで、漆丸を連れて大奥を抜け出します。そんなお須美と漆丸たちを、ある目的を秘めて追う侍たち。追い詰められたお須美たちの運命は……

 本書の最後に掲載された五番目の作品の作者は澤田瞳子――本書のメンバーの中で、おそらく最も「そうしたもの」から遠い作品を発表してきた作家であります。
 はたしてその作者が如何なる形でゾンビを描くのかと思えば――冒頭二作品に登場した感染するゾンビを描き、そして大奥では実は古くから腐れ身=ゾンビ病が蔓延っていたという、伝奇性の強い設定であることに驚かされます。

 しかしその設定にアプローチする切り口は、あくまでも作者独自のものであります。
 可愛がってきた猫がゾンビ化する運命を背負った幼い少女が、猫を慈しむ一心(この辺りの猫への想いが強く伝わってくるのは、作者が愛猫家なればこそでしょう)で繰り広げる逃避行。その中で彼女は、腐れ身を巡る残酷な事実と、それすら利用しようとする大奥の大人たちの思惑を知る――大奥を題材とすることで、ゾンビを題材にこのようなドラマを描けるのか、と胸を打たれます。

 そして特に印象に残るのは、腐れ身と結びつけて大奥に語り伝えられている側室・お紺の方の存在であります。
 ふとしたことから腐れ身に感染した己の愛娘が完全に化け物となっても慈しみ続け、ついには時の将軍の命で、姫君ともども焼き殺されたというお紺の方――その「真実」は物語の終盤で明かされますが、そこに示されているものは、ほかならぬ大奥でゾンビが留まることなく生まれ続けている理由を(象徴的な意味で)暗示しているように感じられます。

 もちろん、お須美を愚かと笑うことは容易いでしょう。彼女の行動は問題からの逃避であり、幼い愚かしさの現れなのかもしれません。しかし彼女が抱えた煩悶と苦しみは、間違いなく彼女が己のためだけに、あるいは命じられるがままに動く「ゾンビ」だからではなく、「人間」だからこそ抱くものなのです。
 『ペット・セマタリー』の変奏曲にも、あるいはゾンビ・パンデミックものの序章のようにも取れる設定から描かれる、命の意味と重みを描く物語――お須美の覚悟に、どんなに小さくとも幸あれと祈るばかりです。


 東北に調査にやって来た学者(幼い頃に何度か神隠しに遭い、官僚としての勤めの傍らに奇談を蒐集しているという……)が、不死と称する女から聞いた物語という構成を取る本書の全五篇。
 かつては我々と同じ存在であり、そしてあるいは我々もいつかこうなるかもしれない(!)怪物――人外の魔族でも、宇宙からの怪物でもない、我々と地続きの存在・ゾンビ。
どの作品も、そんな「身近な」存在だからこそ感じられる畏怖と悲哀に満ちた作品といえるでしょう。

 ゾンビという刺激的なテーマを扱いながらもそれぞれの作家性を発揮し、そしてゾンビを通じて歴史のifとその中の人間の姿を浮かび上がらせた、名品揃いの一冊であります。


『歴屍物語集成 畏怖』(天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆 中央公論新社) Amazon

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