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2024.05.05

白井恵理子『黒の李氷・夜話』第7巻

 中国を舞台に、遠く神話の時代から続く愛と転生の物語も、この第七巻でついに完結となります。その舞台となるのは、何と清朝末期、西太后の時代――義和団事件を背景に、意外な形で出会う李氷とセイ。二人の想いの行方、そして天地と人間を巡る因縁と運命の行方は、ここに大団円を迎えます。

 時は1900年、西太后が実権を握る清を揺さぶる、宗教結社・義和団の決起。この時代では西太后麾下の巡撫(総督)・毓賢として転生したセイは、義和団鎮圧に向かった山東省で、義和団の頭目が、奇怪な術を操る少年であることを知ることになります。
 一方、毓賢の部下としてこの時代に現れた二郎真君は、李氷の黒衣=畢方が、彼と離れ離れになっていることを知ります。そして義和団の襲撃を受けた毓賢の救援に入った二郎真君が見たものは、その黒衣を失った李氷が義和団を率いる姿だったのであります。

 セイのことも忘れ、ただ無邪気ともいえる態度で義和団を使嗾して暴れまわる李氷。死人たちの群れで構成された義和団員を率いる李氷は、連合国軍も蹴散らし、ついに北京に入城――抵抗を続けるセイは、そこで意外な真実を知ることになります。
 そんな中で女カの記憶を甦らせていくセイ。しかし女カの記憶が戻った時に最後の心臓がみつからなければ、女カは天地を閉ざしてしまう――天界のその予言通りに迫る天地崩壊の時。その中で李氷の選択は……


 これまで殷・周・秦・前漢・後漢・三国時代・唐・元と、古代を中心とした中国王朝を舞台に描かれてきた本作。その最終章の舞台はぐっと時代が下って、清朝末期となります。
 いささか意外にも感じられる選択ですが、しかしそこには大きな意味が二つあります。一つはそれが中国最後の王朝(の、さらにほぼ最期の時)であること。本作が、実在が確認されている中国最古の王朝・商の誕生から始まったことを思えば、この結末の舞台は対応関係にあるといえるでしょう。

 そしてもう一つは、この時代で皇帝ではないものの、ある意味皇帝を凌ぐ実力者であり、実質的に王朝の運命を決めたのが女性――西太后であったことであります。
 何故そこに大きな意味があるかは、この最終章、いや本作全体の秘密に関わっているために語りにくいのですが、ここでは特に最終章においては、女性性――特に男性優位の社会における女性の在り方が、物語のキーとなると述べておきましょう。

 これまで、作中で様々な歴史上の人物に転生したセイ=女カ。その転生先は、ほとんどの場合(唯一、王昭君のみ女性だったのは、今にしてみれば実に惜しい)、我々の知る歴史では男性でありながらも、本作においては女性という設定で描かれてきました。
 それは李氷とのロマンスの関係によるものだとばかり思い込んでいましたが、そこにこのような意味があろうとは! と、最後の最後で仰天させられました。
(そしてこの最終章で、いかにも転生先となりそうな西太后本人に転生しなかったのも、なるほどと納得がいくところです。)

 もっともこの辺りは最後の最後で一気に説明されたという印象で、穿ったことをいえば、物語当初からどこまで想定されていたかはちょっとわかりません。
 しかしその内容は物語の根幹を為す大秘密として間違いなく盛り上がるものであると同時に、神話レベルの壮大な物語の締めくくりが、ある意味実に人間的な想いであることに逆に説得力を感じます。

 それと同時に、セイを求める李氷の物語であると思われた本作が、実は李氷を見つめる――見つめようとするセイの物語であったことに、静かな感動を覚えた次第です。


 そして全ては終わり、全てが始まる。歴史ものとしては反則になりかねない(そして個人的にはちょっと苦手な)結末ですが、しかし本作に限ってはそれが最も正しい結末であると、清々しい気持ちで納得できる――そんな物語の大団円であります。


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