川原正敏『陸奥圓明流外伝 修羅の刻』第21巻 開戦、人でもなく鬼でもなく
平安中期を舞台とした『修羅の刻』陸奥庚の章 酒呑童子編、全三巻の中編の登場です。源綱を家礼に加えた頼光に迫る鬼たちの影。そこに現れたのは一人の修羅――ついに揃い踏みした庚・綱と、「鬼」との激突が始まります。
伊吹山で熊を素手で屠る少年・庚と出会い、坂田金時の名前を与えた(が嫌がられた)源頼光。それから八年後、都の羅城門で頼光の前に現れた庚の姉・綱は、頼光の家礼になりに来たと告げます。
綱に源の姓を与え、配下に加えた頼光ですが、その場に都を騒がす「鬼」の頭領・酒呑童子が現れ、綱を妻に望むことに……
というわけで、渡辺綱と坂田金時(に当たる人物)が揃ったと思いきや、思わぬ形で鬼たちと因縁を持つことになった頼光主従。そしてこの巻では、それとはまた異なる形で鬼の跳梁が描かれることになります。
頼光にとっては主筋である関白・藤原道隆が亡くなり、その後に関白となった道兼がその直後に亡くなるという混乱――本作では、その背後に鬼たちの存在を描くのです。
そして既に鬼たちと因縁のあった頼光――いや、綱に襲いかかるのは、酒呑童子の娘・茨鬼。父が妻にと望んだ綱を攫いに来たとはなかなかの親孝行ですが、それが綱に通じるかどうかはまた別であります。
茨鬼を撃退し、彼女が残した「鬼の腕」を持ち帰った綱。物忌みする彼女の下にある腕の奪還に現れたのは、茨鬼のみならず、鬼同丸、土蜘蛛を名乗る「鬼」――かくて鬼と人が入り乱れての戦いが繰り広げられることになります。
さらにそこに修羅――陸奥の名を継いだ庚が参戦。そして庚は単身脱出した茨鬼を追うのですが……
前巻では、この陸奥庚の章の導入部として、綱・庚姉弟と頼光の出会いが描かれましたが、この巻からは人と鬼、そして修羅と鬼の戦いが始まることになります。
そしてその背景になるのは、やはり頼光と四天王にまつわる伝説の数々であります。茨木童子のみならず、鬼同丸(鬼童丸)、土蜘蛛――この巻に登場する彼ら「鬼」は、いずれも頼光たちと戦ったといわれる鬼・もののけの類です。
伝説では必ずしも酒呑童子と繋がる者ばかりではありませんが、ここでは皆酒呑童子の配下として一気に投入。なるほど、あの伝説をこう描くのか、というアレンジの妙を見せつつ、ある意味オールスターキャストでの戦いが繰り広げられることになります。
しかし伝説では鬼・あやかしの類だったとしても本作では彼らはあくまでも人――いや、人でありながら、鬼・あやかしと呼ばれ、貶められた存在であります。
この辺りの、いわば「まつろわぬ者」たちを鬼として描き、都の貴族たちによる社会体制から弾き出された存在として描くのは、ある意味最近の酒呑童子もの(?)のトレンドといえるでしょう。
しかし、そのように生まれ、「人」に対する怨念を抱えた「鬼」に対し、本作においてはその怨念とは無縁の、いわば第三の存在を描くことになります。
そう、それはある種純粋な闘争本能の塊である「修羅」。強い奴と、己の力と技のみでやりあってみたいという想いに突き動かされる者――いつの時代も存在する「陸奥」であります。
なるほど、当時の社会体制へのカウンターとしての「鬼」に対し、本作はさらなるカウンターとして「修羅」を描くのか――というのは、こちらの深読みかもしれません。
ここではまず、物語の性質上、比較的分別臭い性格の陸奥が多かった『修羅の刻』の中でも、庚がかなり純粋な「陸奥」として描かれていることを喜ぶべきでしょう。そんな彼を通じて描かれるのは、歴史を描くための手段としての戦いではなく、歴史を舞台とした強者たちの戦いでしょうから……
そんな陸奥の求める戦いが、はたして人と鬼との間に如何なる結末をもたらすことになるのか――次巻、酒呑童子編完結であります。
しかし綱・庚姉弟の母があやかしの血筋ということ、晴明の名を聞いた綱が微妙な表情であやかし呼ばわりしていたことを考えると、二人の母は……
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