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2024.05.07

片瀬由良『帝都吸血鬼夜話 少女伯爵と婿入り吸血鬼』 人と鬼の契約結婚を通じて「家族」を問う

 日本の過去の時代を舞台に吸血鬼が登場する作品というのは少なくありませんが、本作はその一つであると同時に、なんと契約結婚もの。新種の吸血鬼に挑むため、吸血鬼の男が、吸血鬼退治の一族の少女の下に婿入りするというユニークな作品であり、同時に「家族」という存在を問う物語であります。

 時は明治、突如出現した新種の鬼「羅刹鬼」に手を焼く日本古来の吸血鬼と人間たち。そんな中、吸血鬼の名門・千秋一族の一人・紫峰は、人間の対吸血鬼の一族・四乃森家の少女伯爵・紅蝶の訪問を受けます。
 紅蝶が語ったのは対羅刹鬼の秘策――人間と吸血鬼が誓約を結ぶことで、互いの能力を羅刹鬼に匹敵するものに引き上げる「血誓」の存在。十年前、紅蝶に命を救われた過去がある紫峰は、一族の長・残月の勧めもあり、彼女と血誓を結ぶことになるのでした。

 しかしそれには条件が一つ――血誓を結んだ男女が一つ屋根の下で不自然なく暮らすには、結婚という体裁を取る必要がある。そう紅蝶に迫られた紫峰は、非常に不本意ながら紅蝶と「結婚」する羽目になります。
 かくて東京で四乃森家の婿として紅蝶と暮らしながら、羅刹鬼と戦うこととなった紫峰。しかし彼には、東京である人物を探すという密かな目的がありました。そして紅蝶の側にも、隠された思惑が……


 故あって結婚の形を取って二人で暮らすことになったものの、お互いの間には愛情はなかった二人が、様々な出来事を経て惹かれ合い、想いを育てて本当の夫婦になっていく――そんな契約結婚(偽装結婚)ものというジャンル。
 吸血鬼と人間が、共通の敵と戦うために「血誓」(いってみれば使い魔契約みたいなもの)を結ぶ本作は、伝奇アクションとこの契約結婚ものの要素を、うまく絡めあわせているといえます。

 冷静に考えると、結婚しなくても一つ屋根の下にいられるのでは――という気もするのですが、紫峰がイケメンで紅蝶の好みだから、という理由を持ち出してくるのも、楽しいところです(と見せかけて――なのですが)。

 しかし、契約結婚の当事者(特にそれを言い出した側)に、隠された、そして複雑な事情があるというのも、このジャンルの一つの定番といえるでしょう。
 実はこの結婚の陰に、紫峰には決して明かせない、壮絶で切実な想いを秘め隠した紅蝶。この紅蝶の真実が明かされ、二人の想いがぶつかった時に何が起きるのか――それが本作の一つのクライマックスであることは間違いありません。


 そしてこのような本作を構成する要素の中で、欠かせないものが一つあります。それは「家族」――我々にとって最も身近で、最も小さな社会の単位である「家族」が、本作においては様々な、そして極めて大きな意味を持つのです。

 実は元は人間(それも吸血鬼を狩る側)であったものが、故あって命を落としかけたところを当の吸血鬼に助けられ、その一員となった紫峰。本作における日本土着の吸血鬼は、力ある一族の長を「親」として吸血鬼になる存在――いわば彼は、吸血鬼の家族に迎え入れられたことになります。
 一方の紅蝶は、吸血鬼狩りで知る人ぞ知る名家の生まれながらも、ある事件で当主だった父をはじめとする家の者ほとんど全てを失い、若くして伯爵の地位を継いだ少女。つまりは家族を失いながらも、家というものを否応なしに背負う立場にあります。

 後天的に吸血鬼になった(=家族となった)紫峰と、家族を吸血鬼によって喪った紅蝶。そんな二人が結婚によって新たな家族となろうとする――血の繋がりが断たれ、再び繋がる、そんなどこかアンバランスで切実な関係性は、「血」というもので繋がる人間と吸血鬼のそれと重なり合う時に、重い意味を持って浮かび上がります。

 さらにもう一人、本作において強く強く家族を求めた人物の存在を思う時、家族とは何なのか、何を以て真に家族と呼ばれ、家族を作ることができるのか――そんなシンプルで、それでいて難しい問いかけを本作は描いていると気付きます。
 そして結末に描かれるその答えは、完璧なものではないかもしれませんが、しかし十分なものとして感じられるのです。新しい一歩を踏み出させる力を持つものとして……


 独特の世界観に相応しく、主人公カップルのほかにも、なかなかに魅力的なキャラクターたちが活躍することもあり、本作が一作限りで終わるのは、非常に勿体ないと感じます。
 何よりも、二人がこれから如何なる家族を作ることになるのか――その更なる答えを見せて欲しいと、強く願っているところです。


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