高橋留美子『MAO』第20巻 ジョーカー幽羅子が真に求めるもの
一つの謎が解けたと思っても、また次の謎が深まっていく『MAO』も、気が付けばもう第20巻。この巻では表紙を飾る新御降家の双馬との戦いと、土の術者・夏野と猫鬼の対決、そして摩緒と幽羅子の再会が描かれることになります。平安から謎めいた動きを見せる幽羅子の真の望みとは……
不忍池に誘い出され、猫鬼と対峙した摩緒と夏野たち。そこで彼らは、平安の世から土人形として生きてきた夏野が、猫鬼の泰山府君の法により命を繋いできたことを知ります。
大五を復活させるため、夏野を利用してきたという猫鬼。しかし大五の肉体が復活した後も戻ることがなかった魂は、夏野の瞳に宿っていたことがわかり……
と、これまで以上に物語での重要度が高まった夏野。そして自分の命の源を知り、同じ土の術者の素養を持つ菜花を育てることを決めた彼女は、実はこの第20巻では、ほぼ出ずっぱりの活躍を見せることになります。
そんなこの巻の前半で描かれるのは、新御降家の金の術者・双馬との戦いであります。家に伝わっていた御降家の獣の巻物の力で、邪悪な獣をその身に宿すことになった双馬。彼は、これまでも幾度となく摩緒、そして菜花と戦ってきました。
しかしそれでもどこか甘さや躊躇いが残っていた彼は、白眉の命で暗殺を繰り返した末に、ついに殺人を何とも思わぬ人間に変貌していきます。そしてそんな彼の姿を初めから見ていた菜花は、自ら人間であろうとすることを辞めた双馬に激しい怒りを見せるのですが……
そんな状況下で、ここでも菜花のメンター的な立場を見せるのが夏野です。
確かに、どれほど双馬の獣が成長していたとしても、摩緒と夏野の二人が揃っていれば、獣を滅ぼすのは難しくありません。しかしそんな状況下でも、夏野は菜花に獣を祓わせようとします。どれほど愚かな相手であっても、殺してしまうよりはいいと――それは普段寡黙でマイペースな彼女なりの、菜花への思いやりであるのかもしれません。
その想いは、結局は双馬には届かないのですが――御降家の面々に比べれば明らかに腕も精神も未熟だった新御降家の面々が、悪い方向に「成長」していく様は、菜花が真っ当に成長していくのと対照的に、胸に重く残ります。
さて、この巻の後半では、菜花は一旦現代に戻り、その間に摩緒と夏野が、過去にまつわる事件に巻き込まれることになります。
摩緒の見立てでは手の施しようがない患者が、突然快復した――その背後には、猫鬼の泰山府君の法がありました。そして猫鬼は幽羅子と結び、摩緒と夏野を誘き寄せようとしていたのです。猫鬼は夏野の持つ大五の魂を、幽羅子は摩緒の心を求めて……
本作で摩緒サイドと敵対しているのは、簡単に言って白眉たち新御降家と、猫鬼がいますが、幽羅子は新御降家に協力しながらも、何を考えているのか今ひとつわからない、独自の動きを見せる存在であります。
平安の世では、御降家の頭首の娘として紗那と双子に生まれながらも、呪いの器として日の光の入らぬ場所に閉じ込められ、醜い姿で生かされていた幽羅子。それが偶然出会った摩緒の優しい心に癒やされ、強く惹かれるようになった――というのは、今回彼女の口から改めてはっきり語られることではありますが、それがはたしてどこまで真実であるのか。
いや、彼女の摩緒への想いは真実であったとしても、それが摩緒たちと敵対しないという意味ではないことは、今回、幽羅子が猫鬼に与えた妖が、夏野を襲撃することに使われたことでも明らかなのですから。
新御降家の他の面々のように、邪悪な目的を持っていたり、あるいは他人を盲信しているわけではないようではあるものの、それだけに何を仕出かすかわからない幽羅子。
だからこそ実に人間的で、そしてそれがある意味魅力にも感じられるキャラクターですが――どうやらこの先も、彼女の存在がジョーカーとなって物語をかき回していくように思われます。
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