宮本福助『三島屋変調百物語』第3巻 ごく普通の表情の陰に潜む恐怖
宮本福助による漫画版『おそろし 三島屋変調百物語事始』もいよいよ佳境、この巻は、四つ目のエピソードである「魔鏡」を中心に展開することになります。既に滅んだ商家の出だという語り手は、一体何を語るのか……(それにしても、中身を知っていると「ヒッ」となってしまう表紙……)
自分とは兄妹のように育った松太郎に許嫁を惨殺され、その直後に松太郎も自ら命を絶った――そんな凄絶な体験により心を閉ざしていたおちか。実家を離れて叔父が営む江戸の三島屋に身を寄せた彼女は、ある出来事がきっかけで、店を訪れる人々から不思議な話を聞くという役目を担うことになります。
その三人目として、女中のおしま相手に自らの過去を語ったおちか。それを受けておしまは、自分が以前働いていた店のお嬢さんだったというお福を紹介するのでした。
そして福々しい美貌のお福が語るのは、鏡にまつわる物語――そして姉と兄がきっかけで滅んだ自分の家の物語であります。
長きに渡った療養から実家に戻った、お福の姉・お彩。人並み優れた美貌を持つ彼女とすぐ仲良くなったお福と兄の市太郎ですが、やがてお彩と市太郎は、道ならぬ関係に踏み込むのでした。
大きな犠牲を払って終わったこの関係ですが、外で修行することになった市太郎は、お福に一枚の手鏡を託して家を出ます。やがて嫁を連れて戻ってきた市太郎ですが、ある日その嫁の手には、お福がしまい込んでおいたはずの手鏡がありました。
それから家の中で漂うある違和感。そしてその正体が明かされた時、大きな悲劇が……
これまでとはまた異なる趣向の物語であるこの「魔鏡」。いつまでも続くと思われた平凡な日常に、ある出来事をきっかけにヒビが入り、一度は修復されたかに見えたものの、ついに決定的な破滅が訪れる――そんな本作は、一歩間違えれば扇情的な題材ながら、クライマックス直前まで比較的淡々と語られていきます。
それはそれで厭な話ではあります。しかし、クライマックスで明らかになる一つの「真実」の衝撃的なまでの恐ろしさたるや……。しかしそこからさらにこちらを震え上がらせるのは、それを生み出した者の心理でしょう。ことにその結末に至るまでの経緯を考えればなおさら…
そんな恐るべき物語を、この漫画版は巧みに描き出します。
ことに物語の中心となるのが美しい姉弟、そしてキーとなるアイテムが物を映す鏡という事もあって、もともとビジュアル化するのに映える内容ではあるのですが――しかしやはり特に印象に残るのは、これまでの物語でもそうであったように、物語の中心人物の顔に浮かぶ表情であります。
しかも今回は――これは少々ネタばらしになりかねない表現で恐縮ですが――その表情が決して特別なものとして描かれないこと自体が、大きな恐怖を招くのが見事です。
人間が一番恐ろしい、などというありきたりな言葉は使いたくありません。しかしその時はごく普通に見えた、その表情の陰にあるものを後になって思い起こした時――そこにあるのは、紛れもなく人の心の恐ろしさであると気付くのです。
そして物語の内容そのものもさることながら、それを語るお福の言葉(それ自体は良い事を言っているのですが……)によって、心に複雑な波風を立つこととなったおちか。この巻のラストでは、そんな彼女の前に懐かしい実家の兄・貴一が現れます。
妹の身を案じてやってきた兄の懐かしい姿に涙ながらに喜ぶおちか。しかし貴一がもたらした知らせは、あまりにも意外なものでした。
ここから始まるのは五番目の物語「家鳴り」――これまでの物語を飲み込んで語られる、作品そのものの一つのクライマックスを、この漫画は如何に描いてくれることになるのでしょうか。この先は名場面の連続であるだけに、期待は膨らみます。
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