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2024.06.10

鷹井伶『わたしのお殿さま』 男装の少女鍛冶から見た鬼っ子さま

 時代小説ファン的には「捨て童子」と呼びたくなってしまう非運の大名・松平忠輝。徳川家康の子でありながら、改易されて流罪となったこの忠輝を、刀鍛冶の家系に生まれ、男として育てられた少女の視点から描く、ユニークなシリーズの第一弾です。

 紀伊で名刀工・天国の系譜を継ぐ祖父・月国の下で、その後継者となるべく育てられた美禰。峰国の名を与えられ、周囲には女であることを隠して修行を重ねてきた彼女は、ある年の七夕の神事の最中、熊に襲われたところを一人の武士に救われます。
 その武士こそは、兄・秀忠に疎まれた末に改易され、伊勢の金剛証寺に配流された松平忠輝――旧知の間柄である月国を訪ね、刀を依頼してきた忠輝と再会した美禰は、自他ともに鬼っ子と認める忠輝の闊達な気性に驚かされることになります。

 そして偶然忠輝に女であると知られて以来、彼のことが気になって仕方がなくなる美禰。しかし忠輝の周囲には、秀忠の命を受けてその命を狙う、柳生宗矩配下の刺客たちの影が迫るのでした。
 そんな中、いよいよ忠輝への思慕の念が高まっていく美禰。しかし刺客たちは、彼女の周囲の人々を利用して忠輝を狙い……


 家康の六男として生まれ、越後数十万石を治めながらも、父に疎まれ、その死後に兄・秀忠によって、二十代半ばの若さで改易・配流された忠輝。その存在は、冒頭で触れたように、隆慶一郎の『捨て童子・松平忠輝』で知ったという方も多いでしょう。

 粗暴な振る舞いが多かったなどと言われる一方で、天下人の間を渡り歩いた名笛・乃可勢(野風)を家康から託されたり、伊達政宗の娘を正室に迎えていたりと、気になる逸話も多い人物ですが――本作はその忠輝を、才気溢れて、ともすれば封建社会の枠を超えかねない器の大きさゆえに、周囲から浮き、疎まれた青年として描きます。
 そしてそんな忠輝を描くために、本作は刀鍛冶を目指してきた男装の少女を主人公とし、彼女の目から忠輝を描いたことが、もっともユニークな点であることは、いうまでもありません。

 正直なところ、忠輝の人物像や、彼の命を狙う秀忠とその命を受けた宗矩配下の刺客との戦い自体は、そこまで新味は感じられません。(それはそれで親しみやすい、というのはさておき)
 しかしそんな物語世界を、第三者としての視点で美禰が目の当たりにするというのは、面白い趣向であります。そして、世の常の女性像から外れた美禰だからこそ、世間一般の見方に左右されることなく忠輝の実像を見つめることができる――という構図にも納得できようというものです。

 さらにそこに、男装の少女の初恋――それも実にややこしい立場にある男を相手に――というシチュエーションも加わって、周囲の人間たちを巻き込んだドラマが展開するのも楽しいところです。
 いや、楽しいどころではない目に遭わされる美禰の幼馴染・魁(忠輝以外に唯一彼女が女であると知り、そして密かに恋している青年)には、申し訳ないですが……
(個人的には一番応援したいキャラでした)


 しかし――意外というか、それでよいのかな、と思わされたのは、本作の終盤で描かれる、美禰の運命の大きな変転であります。物語の流れ的に仕方はないものの(些かネタばらしとなり恐縮ですが)彼女の最大の個性というべき部分を捨ててしまったのは、はたしてどうなのか――この辺りは、正直なところ驚かされました。
 先に触れたように、忠輝を巡る構図自体はそこまで珍しいものではないだけに……

 さらにいえば、その個性を除いた美禰のキャラクターとしての魅力もちょっと見えにくいわけで、何とも心配になってしまうのですが――しかしその一方で、彼女のこれまでの(常の人ならざる)人生経験までが失われるわけでは、もちろんありません。そしてそんな彼女と、忠輝の間に生まれる関係性が未知数であることも、また事実でしょう。
 さらにラストでは、美禰の境遇に関連して一つの爆弾が投げ込まれることもあり、物語そのものは、ここから本作的に始まるという印象もあります。

 七月に刊行される第二弾でなにが描かれるのか、注目したいと思います。


『わたしのお殿さま』(鷹井伶 角川文庫) Amazon

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