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2024.06.06

田中芳樹『髑髏城の花嫁』 ヴィクトリア朝の怪奇と冒険再び 海を越える謎の一族

 19世紀中頃の英国を舞台に、ミューザー良書倶楽部で働くエドモンド・ニーダムと姪のメープルが怪奇な事件に遭遇するヴィクトリア朝怪奇冒険譚の第二弾――クリミア戦争の出来事をきっかけにニーダムが巻き込まれた、「髑髏城」に棲まう謎の一族の争いが描かれます。

 クリミア戦争に従軍し、九死に一生を得て帰国した後、会員制貸本屋のミューザー良書倶楽部で姪のメープルと共に働くことになったニーダム。前作では、かのディケンズやアンデルセンと共に、氷漬けの帆船にまつわる奇怪な冒険に巻き込まれたニーダムですが、本作で再びこの世のものならぬ怪事件に遭遇することになります。

 ある日、代替わりしたばかりのフェアファクス伯爵から蔵書設計の依頼を受け、伯爵邸を訪れたニーダムとメープル。そこで二人の前に現れた若き伯爵は、ニーダムに親しげに言葉をかけます。
 クリミア戦争終結に帰国を待つ間、ダニューブ湖畔の古城・髑髏城に瀕死の士官を送り届ける命令を受けたニーダムと戦友のラッド。大冒険の末に無事任務を果たして帰国したニーダムですが、何とその時の士官が伯爵だったというのです。

 その時とは見違えるような壮健な姿になった伯爵は、ニーダムとメープルに、本宅のみならずノーサンバーランドの荘園屋敷も担当して欲しいと半ば強引に依頼。やむなく二人はその屋敷――名前も同じ髑髏城に向かうことになります。
 一方、テムズ河口で行われた最後の囚人船焼却の晩、海から現れた狼めいた獣たちと、空を舞う翼を持った人影が人々を襲うという怪事件が発生。偶然その場に居合わせたニーダムたちですが、この一件は思わぬ形でその後も二人に関わることに……


 中欧から東欧を横断し、黒海に注ぐダニューブ川=ドナウ川。本作に黒い影を落とすその名も奇怪な「髑髏城」は、その河畔にあると語られます。

 この髑髏城、ワラキア(!)に位置するという設定だけでニンマリしてしまう――そして怪奇小説ファンであれば当然ある予感が働く――のですが、しかし本作の舞台はあくまでも英国であります。
 このダニューブ川河畔の髑髏城が登場するのは本作の過去パート――前作で、クリミア戦争で大ナマズに食われかけたことがあると語ったニーダムですが、実はそれが髑髏城へと辿り着くまでの道中のことであったのです。

 しかし、前作がそうであったように、怪奇と冒険は海を渡ってやってくるようです。遠く異国の、古ぶるしき遺物と思われた髑髏城とその住人たちが「現代」の英国に現れたことから、再びニーダムとメープルは巻き込まれるのですから。
 この辺り、予感が当たった――と思いきや、しかし大きな捻りが加わっているのはいうまでもありません。物語後半の舞台となる新たなる髑髏城――ノーサンバーランドの荘園屋敷で繰り広げられる騒動は、こちらの予感と予想の範囲を遥かに超えて展開していくのです。


 そんな怪奇冒険の一方で、ディケンズとアンデルセンがメインキャラの一人で活躍した前作に比べると、本作は当時の有名人の登場が少ない――ディケンズやサッカレー、コリンズの登場はあるものの出番は少なく、メインとなるのがスコットランドヤードの生みの親の一人・ウィッチャー警部のみというのは、ちょっと寂しい気がします。
 また、クライマックスが(いささかネタばらしとなって恐縮ですが)内輪もめに終始した印象なのも、いささか物足りないものがありました。

 しかしそれでもアクションとサスペンスの畳み掛けで、ラストまでこちらの興味を惹き続けるのはさすがというべきでしょう。
 また、中盤に描かれる、囚人船焼却の場での怪物の跳梁から始まる大パニックは、舞台の独自性も相まって素晴らしい迫力で、本作屈指の名場面――これだけでも本作を読んだ意味があったというものです。


 ちなみに本作に登場して物語をかき回すメープルのライバル(?)・ヘンリエッタの結末における選択は、微笑ましいというか脱力というかなのですが――しかしよく考えてみると、本作の冒頭で描かれる「髑髏城の花嫁」の選択とは、対照的なものとなっているのに気付きます。

 思わぬキャラクターが本作のテーマ(?)を体現していたかと、感心させられた次第です。
(もう一つ、作中で不名誉な戦争として語られる第四回十字軍とクリミア戦争も、対応関係にあるというべきなのでしょうか)


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