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2024.06.02

諸星大二郎『アリスとシェエラザード』 二人が挑む、恐ろしくもスッとぼけた事件簿

 ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、人探しを生業とするアリス・ミランダと助手のミス・ホブスン(シェエラザード)が、奇怪な事件の数々に挑む――異才・諸星大二郎の様々な短編を収めた『諸星大二郎劇場』で展開されている、連作シリーズであります。

 行方不明の人探しだけでなく、もっと漠然とした条件でも探す相手を見つけてみせる「人探し」の名手アリス・ミランダと助手のミス・ホブスン。実はアリスの人探しの手段とは、霊感と降霊術――夢で見た光景や、降霊術で呼び出した幽霊から得た情報などで、彼女は難しい依頼を次々と解決していたのです。
 とはいえ時に人の秘密に踏み込むような稼業には危険がつきもの。アリスの身に危険が迫った時には、サーベルをはじめとする武術の達人ミス・ホブスン(ファーストネームのシェエラザードと呼ぶと怒る)がアリスを守る――そんなコンビの活躍が本シリーズでは描かれます。

 その単行本第一弾に当たる本書には、全八話が収録されています。
 自分が依頼を受けて探した美しい手の女性たちが、次々と猟奇殺人の犠牲となっていることを知ったアリスが犯人を追う「ファーストネームで呼ばないで」
 何者かに妻を殺された時計職人から依頼された、妻が実家から持ってきた自動人形の行方探しが意外な方向に展開する「プリマの復讐」
 友人に妻の眼球を盗まれたという男の依頼を受けたアリスが、奇妙な手段で眼球の行方を追う「眼球泥棒」
 アリスの叔母が催した交霊会に現れた、「メアリー」を探して海中を彷徨う船長の謎をアリスが解く「海から来た男」
 意に染まぬ相手を鳥籠に閉じ込めて拷問したという、血の籠公の伝説が残る城を訪れたアリスが、首なし幽霊の首を探す羽目になる「首を捜す幽霊」
 前話の城に引き続き滞在する中、紅玉の首飾りと薔薇の刺繍のドレスを纏った女性の夢を見たアリスが、宝探し騒動に巻き込まれる「紅玉の首飾りの女」
 吝嗇な女からの、息子が椅子になったのを見つけ出して欲しいという奇妙な依頼から、おかしな騒動が起きる「椅子になった男」
 自転車を愛好するあまり、上半身を置いて自転車に乗って行ってしまった娘の脚を、アリスたちが追いかける「スピード大好き!」

 いやはや、あらすじを見てもバラエティに富んでいるというか、混沌としているというか――あまりにも個性的なエピソードばかりなのは一目瞭然でしょう。
 題材的に血生臭い内容も少なくありませんが、怖いもの知らずのアリスと、それに輪をかけて武闘派のミス・ホブソンのコンビの明るい個性のおかげで、軽めの後味になっているのが何とも良い塩梅です。

 作者はSFや伝奇のみならずホラーの名手であることは言うまでもありませんが、同時にどこか突き抜けたような(ホラー)コメディの名手でもあります。
 本作はそんな作者らしい、描かれる事件は基本的に真剣に恐ろしくも、どこかスッとぼけた味わいが楽しいシリーズなのです。
(この辺り、主人公コンビのビジュアルも相まって、テイストは少し異なるものの作者の名作『栞と紙魚子』シリーズを連想する方も多いでしょう)


 なお、シリーズ第一話は、これまで『諸星大二郎劇場』で何度か登場した悪趣味な紳士たちの集まり「悪趣味クラブ」のスピンオフとなっています。
 しかし作者は「悪趣味クラブ」よりも「好趣味」な主人公二人を気に入ったとのことで、現在ではむしろ本シリーズの方が本編のような扱いとなっています。

 いやそれどころか、『諸星大二郎劇場』自体を我がものにしてしまったというべきか――この先もシリーズは続き、既に続巻も刊行されているのですから、いかに作者がノッているか、わかろうというものでしょう。
 またいずれ、続巻の方も紹介したいと思います。


 ちなみに本書に収録された「海から来た男」には、この時代のある作家(の若き日の姿)が登場します。
 あまりにも著名であり、フィクションに登場するのも珍しくない人物ではありますが、この作家自身、作中で描かれた事件を題材とした作品を発表していることを知っていると、クスリとできるかもしれません。


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