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2024.07.28

黒崎リク『帝都メルヒェン探偵録』 「探偵」と「助手」が挑むグリム童話見立ての事件たち

 大正から昭和初期にかけての東京を舞台とした作品は、もうライト文芸では完全にサブジャンルとして定着した感がありますが、第6回ネット小説大賞グランプリを受賞した本作は、その一つながら、強い独自性を持つ作品。グリム童話をモチーフに帝都で繰り広げられる、ロマンチックなミステリ連作です。

 千崎理人は、華族出身で帝大を優秀な成績で卒業したものの、定職にも就かず親友の下宿に転がり込んで暮らしていた日独混血の青年。下宿を追い出された彼は、伝手を求めて、実業家として名を馳せる乙木夫人のサロンを訪れたところで、謎の美少年と引き合わされます。

 理人に職と住まいを用意する代わりに、自分の本当の名前を当てて下さいと、グリム童話の「ルンペルシュティルツヒェン」のような提案をする少年。
 その条件の良さ、そして何よりも奇妙な内容に興味を抱いてその提案を受けた理人は、仮の名を小野カホルと名乗った少年の本当の名前を、三ヶ月以内に当てることになるのでした。

 そして理人がカホルに世話をされた仕事というのも変わり種――普段はカフェの従業員、そして依頼があった際には、「探偵」として表に立ち、調査に当たるというものだったのです。
 実は乙木夫人の伝手で依頼を受け、解決する探偵の顔を持つカホル。しかし少年の彼が探偵では何かとやりにくいため、理人の「助手」として同行する――そんなカムフラージュに理人を使おうというのです。

 かくて、「少年助手を従えた美貌の探偵」として、帝都で起きる様々な事件に巻き込まれる理人とカホル。そしてその事件は、いずれもグリム童話をなぞらえたようなものばかりで……


 冒頭に述べたように、昭和初期までの東京を舞台とした帝都ものとでもいうべき作品の中でも、本作は一捻りも二捻りもある設定の妙で印象に残ります。

 その一つは主人公が少年助手を連れた探偵を演じているということです。実は名探偵はハリボテて、助手の方が名探偵というスタイルの作品はほかにもあります(それこそ『名探偵コナン』もこれに近いでしょう)が、それを助手の方から持ちかけるというのがユニークです。

 はじめは好奇心と金銭的な理由からこれを引き受けた主人公ですが、しかし自分が一種のダシに使われているのが面白いはずもありません。そこで自分も推理を試みて――と、一種の推理合戦になっていくのも愉快なところです。

 そしてもう一つは、作中で起きる事件や出来事が、いずれもグリム童話をモチーフとしていることです。上で述べたように、そもそも本作全体を通しての趣向であるカホルの名前当て自体「ルンペルシュティルツヒェン」的であるわけですが、それ以外にも、「金の鳥」「こわがることをおぼえるために旅に出かけた男の話」「白雪姫」「ハーメルンの笛吹き男」「青ひげ」、そして「いばら姫」と、実に様々です。

 これらのモチーフを、昭和初期の日本を舞台にして如何に描くのか――後半のエピソードなどちょっとやり過ぎの感もありますが、しかしグリム童話の見立て自体が一種のトリックとなっているエピソードもあり、作品全体の統一感という点でも、面白く巧みな趣向であることは間違いありません。


 そんな中で、本作を貫く最大の謎がカホルの正体であることは間違いありません。

 自分よりも大分年上であるはずの理人相手にも物怖じせず、時に生意気といいたくなるような態度で、謎解きに挑むカホル。
 さらに、乙木夫人に深い信頼を得ているだけでなく、普段はカフェの地下室で気ままに時間を過ごし、夜には同じビルのある場所に佇み――と、私生活も謎だらけの少年です。

 正直なところ、物語の構成的に、カホルのある「属性」に気付かない読者はまずいないと思われるのは、本作の欠点かもしれません。
 しかしそれ以外の部分――特に「なぜ」の部分については、これはかなり意表をついたものであると同時に、この時代設定ならではのものであることは間違いなく、そこから生まれる絶妙な切なさも、心に深く残るのです。

 一部残された謎もあるものの、基本的には綺麗に謎も解け、冒頭と対応した洒落た結末も相まって、爽やかな読後感を残す本作。
 既に刊行から6年を経ている作品ではありますが、いつかこの先の物語を読んでみたい――というのは、結末から考えるといささか野暮な願いかもしれませんが、そんな気持ちにもなってしまう佳品です。


『帝都メルヒェン探偵録』(黒崎リク 宝島社文庫) Amazon

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