羽生飛鳥『歌人探偵定家 百人一首推理抄』 名探偵、和歌で世の荒みに挑む!?
平清盛の異母弟・平頼盛を主人公とした歴史ミステリ『平家物語推理抄』シリーズの実質続編というべき作品が登場しました。頼盛の長男・保盛はワトスン役に回り、だホームズ役はなんとあの藤原定家――意外なコンビが今日を騒がす数々の謎に挑みます。
前年に平家一門は滅亡し、鎌倉には源氏政権が樹立された1186年――一族の本流から外れ、源頼朝に接近したことで生き延びた頼盛も亡くなってほどなく、頼盛の長男・保盛は、都の松木立で女性のバラバラ死体が発見された現場に出くわします。
しかもその死体の生首には、針で止められた紫式部の和歌が。そんなところに現れた保盛の友人・藤原定家は、和歌を汚す所業に、普段の大人しさをかなぐり捨てて怒りを爆発させるのでした。
その勢いで、事件を調べることになった二人。父親譲りの検屍の知識を持つ保盛と、優れた観察眼と推理力を持つ定家は、それぞれの才能を活かして真相に迫ることに……
藤原定家――鎌倉時代の公卿にして歌人。「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」の二つの撰者であり、源氏物語研究や日記「明月記」でも知られる。そして何より「小倉百人一首」の撰者――あとは能の「定家」を含めて、我々が定家の名を聞いて思うのは、このようなところでしょう。
しかし本作の定家は、才知に溢れた人物であることは間違いありませんが、それ以上に個性的(すぎる)人物として描かれます。
何しろ外見からして、痩せた体に土気色の顔、青黒い隈という有り様――姿を遠目に見た保盛が、一門の怨霊が出たかと勘違いしてしまうのですから、よほどであります。
一方、性格の方は生真面目で律儀ではあるのですが、しかし和歌のことになると文字通り黙ってはいられなくなるのが最大の問題。長文早口になるだけでなく、特に和歌が汚されるような事態には、ほとんど絶叫状態で、誰も手がつけられなくなるのですから……
しかしそんな定家には、もう一つ隠れた才があります。それは推理の才――どんな細かい事実であっても見逃さず、一つ一つの事実を組み合わせて、巨大な推理を組み立てる才が、本作の定家にはあるのです。
その一方で、保盛には『平家物語推理抄』読者にはお馴染みの、父・頼盛譲りの検屍の目と腕があり、いわば定家の知恵と保盛の知識、二つを合わせて様々な事件に挑むことになります。
そして本書は、上に紹介した第一話を含む、全五話から構成されています。
武士であった頃、さる女性と道ならぬ恋の関係にあった西行が、密会の最中に踏み込まれて相手を隠した塗籠から、彼女が忽然と姿を消した謎に、定家が挑む第二話
胸に在原業平の歌を記した高札が刺さった女性の他殺体が発見されたことをきっかけに、下手人と思しき盗賊が前夜押し入った屋敷に二人が赴く第三話
かつて頼盛が清盛から解明を命じられたにもかかわらず、途中で手を引いたという安元の大火の火元の謎を、頼盛が残した和歌を手掛かりに定家が解き明かす第四話
式子内親王の御前で行われた庚申待の最中、女房が相次いで怪死し、懐に内親王の和歌の一節が収められていた謎に、庚申待に因縁を持つ定家が決死の覚悟で挑む第五話
猟奇殺人、見立て殺人、密室からの消失、安楽椅子探偵、衆人環視下での殺人――と、様々なシチュエーションで展開する物語には、まさに本格ミステリの見本市とでもいうべき楽しさがあります。
そしてそれだけでなく――これは詳細は伏せますが、本作は一度読み終わったら、すぐにまたもう一度読みたくなる、そんな仕掛けが施されています。この仕掛けには、やられた! と仰天必至であります。
このように魅力の多い本作ですが、個人的には、定家のキャラクターがエキセントリック過ぎて(特にいちいち絶叫するところが)、ちょっと鼻白むものがありましたが――この辺りはまあ好き好きでしょう。
そうした点もある一方で、それほど和歌を愛する定家が随所でエキセントリックに語る理想――「和歌を通じて世の荒みを止める」というその理想が、源平合戦直後の荒んだ世相を象徴するような数々の事件を通じて、大きな意義あるものと感じられるようになっていくのが、印象深いところです。
それは、これまでから一変してしまった世界を嘆き、ただ眼の前の(これまでの作品で頼盛が守ってきた)ものを維持するのに汲々とする保盛の姿とは対照的であり――そんな二人の道が一つに交わる結末は、大きな希望を感じさせてくれるのです。
優れた本格ミステリであると同時に、当時の世相とそれに挑む試みを描く優れた歴史小説でもある――作者ならではの快作です。
『歌人探偵定家 百人一首推理抄』(羽生飛鳥 東京創元社) Amazon
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