泰三子『だんドーン』第4巻 桜田門外の陰の諜報戦 そしてギャグと背中わせの無情
読むたびに「コメディとは……」という顔になってしまう幕末コメディ『だんドーン』、第四巻では、ついに歴史の一大転換点が描かれます。水戸浪士たちと薩摩の有村次左衛門による襲撃は成功するのか? 川路と多賀者の諜報戦の行方は? 桜田門外に、ついに号砲が轟きます。
政争に破れた末に、勝った側の井伊直弼から、ド詰めされることとなった薩摩藩。何とか藩への矛先を変え、そして藩内をまとめるべく奔走する川路たちですが、その犠牲は決して少なくありません。ついに耐えかねた有村次左衛門は水戸浪士たちに加わって井伊直弼襲撃に動き出すことになります。
これをサポートすべく動く川路ですが、二重密偵として使っていた多賀者の犬丸が、ついに露呈して処刑された上、彼は死の間際に多賀者頭領・タカに川路の計画を語ってしまい……
というところから始まるこの巻のメインとなる桜田門外の変。あまりに有名な史実であり、結果はわかっているのですが――しかしそれでも気になるのは、その背後で繰り広げられる、薩摩と多賀者の間の、川路とタカの間の諜報戦です。
これまで史実の背後で、幾度も激しくぶつかってきた川路とタカ。川路にとってタカは敬愛する主君・島津斉彬を殺した怨敵、タカにとって川路は愛する井伊直弼を狙う大敵――不倶戴天の敵同士であります。
陰の存在とはいえ、タカ率いる多賀者が本気で動けば、井伊直弼襲撃の成就は極めて困難になります。しかも犬丸を通じて川路の計画は流れてしまい、タカはそれを元に鉄桶の守りを固めている――このあまりに不利な状況を、打開することはできるのか?
繰り返しになりますが、結果はわかっています。しかし如何にしてそれを成し遂げるのか? それは大きな問題です。
その答えはもちろんここでは詳細を述べませんが、きちんと伏線も示される川路の策の正体には、ほとんど本格ミステリのような味わい――こう来たか! と驚かされること請け合いです。
(まあ、実は犬丸は前巻のラストで「大老襲撃」と言ってしまっているのですが、それとして)
そして、ここでタイトルの「だんドーン」が思わぬ形で回収され、ついに始まる桜田門外の変。しかし、いかに川路のフォローがあったとて(ちなみに川路のもう一つのフォローにも、こう来るかと感心)、天下の大老を白昼堂々襲撃するのは難事であることはいうまでもありません。
ここにおいてはほとんどこの巻の主人公である有村次左衛門と、同志の水戸浪士だけでなく、井伊を警護する名もなき侍たち(というのは言い過ぎで、きっちりと記録に残っているのですが)に至るまで、攻める者守る者が文字通り死闘を繰り広げる様は、ただただ凄惨としかいいようがありません。
――が、ここでも隙あらば容赦なくギャグをブッ込んでくるのが本作の恐ろしいところであります。
「斎藤さん見届け役は!?」など、ここでそれ書く!? と驚かされるようなタイミングで描かれるそれは、人の命が簡単に散っていく中にもかかわらず、こちらを笑わせてくるのですが――同時にそれと背中合わせで存在する、人と人が斬り合うことの皮肉さ、無情さというものが胸に刺さります。
(そして字面だけ見るとギャグの「殿ー! 元気ですかー!」の深刻さよ)
そして、桜田門外の変は、井伊直弼の首を以て終わるものではありません。
守るべき者であり、愛する者であった直弼を、自らの失策で喪い、ついに怪物から人間となったタカはこの先何処にいくのか。そして「勝った」薩摩の側も、さらなる犠牲を強いられます。
そんな無情極まりない(特に後者)現実を経て、この国の歴史はこの先どうなってしまうのか。桜田門外の変は「終わり」なのか、「始まり」なのか――変のクライマックスで、異なる立場から出たそれぞれの言葉の、双方が真実であることを我々は知っています。
はたして本作がそれを如何に描くのか――この先我々は、それを笑いながら、そして慄きながら目の当たりにすることになるのでしょう。
ちなみにこの巻では、犬丸の子・太郎のその後について解説ページで触れられます。
ある意味ネタばらしのそれ自体は感動的なのですが、本当にそれが成り立つのか(少なくともどちらか史実を変えないといけないのでは)、おそらくは本作の最終盤に描かれるそれが、今から気になっているところです。
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