松井優征『逃げ上手の若君』第16巻 宿敵との再戦、「一人前」を目指す若武者二人!
アニメもいよいよ放送が始まった『逃げ上手の若君』ですが、単行本最新巻では、鎌倉を再び奪還した時行が、引き続き北畠顕家の下で足利勢との激戦を繰り広げます。戦いの地は青野原――「一人前」を目指す、若武者二人の戦いが描かれます。
雌伏の時を終え、北畠顕家の下で南朝方として足利勢との戦いを開始した、時行と逃者党。因縁の斯波家長との死闘を終え、再び鎌倉を奪還した時行ですが、鎌倉に腰を落ち着けているわけにはいきません。
わずか数日で鎌倉を離れ、西へと進軍する南朝方ですが――この巻の前半では、合戦に至るまでのいくつかのエピソードが描かれます。
その中でも特に印象的なのは、冒頭の北条泰家との別れでしょう。これまで、時行の叔父の「やるぞ」おじさんとして、作中で強烈なインパクトを見せてきた泰家。しかしある意味時行以上の逃げ上手として奮戦してきた泰家も、家長に捕らわれ、心身ともに大きなダメージを負いました。
そしてここでは、時行が泰家を引退させるべく、ある策(?)を巡らせるのですが――その内容もさることながら、それを受けての泰家の姿が、涙腺を刺激します。
華々しく戦った末に討ち死にするという、当時の武士の理想を真正面から否定してきた本作。ここで描かれた泰家のリタイア劇もまた、それに相応しいものというべきでしょう。史実との整合性をドラマの余韻に活かしてみせたのも、また見事というほかありません。
そしてもう一つ印象に残ったのは、途中で兵糧不足に陥った南朝方が、ついに略奪に手を染めるというエピソードです。
兵糧不足は前巻でも描かれましたが、一度は解消したそれが再び深刻なものとなり、ついに――というのは、少年漫画の主人公が属する軍の所業としては、やはり衝撃的であると同時に、そこから逃げずに、正面から描いて見せたのには、好感が持てます。
そしてそこから顕家の内面と、奥州武士との絆が描かれるのも巧みなのですが――この略奪での汚れ役に、史実(太平記)がシリアルキラーの結城宗広という、これ以上ない適任を配置してみせたのには、もしかしてこのためにこの人を出したのか!? と感心させられた次第です。
(しかしシレッと大変なことをいう秕は色々と不安すぎるので、やはりなるだけ弧次郎と一緒に配置して、支援Sにしてほしいところです(FE脳))
さて、こうしたエピソードを経て始まるのは、青野原――後の関ヶ原(の近く)で繰り広げられる、足利勢との大激突です。
鎌倉を抜いて勢いに乗る南朝勢と、京を守るべく布陣を固める足利勢――加わる将の数も兵の数も多い合戦ですが、ここで注目すべきは、北条時行vs小笠原貞宗、弧次郎vs長尾景忠の二つの対決でしょう。
時行にとって信濃時代からの最初の敵であり、これまで幾度となく死闘を繰り広げてきた弓の達人・小笠原貞宗。小手指原で弧次郎と激突して以来、上杉憲顕に改造された人間兵器として立ち塞がってきた長尾景忠――それぞれに宿敵というべき相手です。
既に何度目かわからない対決でありながら、なおも底知れぬ実力を見せる強豪の相手は、いまだ少年というべき二人はあまりにも不利というほかありません。しかしそれでも二人は臆することなく挑みます。強敵との戦いの先に、武士としての未来があると信じて。
死闘の果てに「一人前」を勝ち取ったとなった二人の姿は、二人の、そして仲間たちの戦いを始まりから見ていた身には、本当に感慨深いというほかありません。
そしてまた、敵ながらその姿を讃える――そしてその中で、あの胡散臭い人の名を口にするのが泣かせる――貞宗の言葉は、戦いの一つの区切りを告げるものといってよいかもしれません。
と、そんないい感じで終わるかと思いきや、そこからとんでもない方向に振り切ってみせるのが本作の恐ろしいところであります。
勝利を重ね、あとは顕家の本隊が勝負を決するのみ、というところまできたと思えば、その本隊を壊滅寸前まで追い込んでいた土岐頼遠――配下たちの生死の感覚をバグらせるほどのフィクションみたいな(フィクションです)戦闘力の前に、さしもの顕家もあわや、というところまで追い込まれます。
そこに駆けつけた時行たちは、はたしてこの怪物を能く制し得るのか!? 時行たちと奥州勢が総がかりで挑んでもまだ不安が残る戦いの行方は、次巻にて。
| 固定リンク