木原敏江『それは常世のレクイエム~夢みるゴシック~』 ホラー界の二大「怪物」に挑む少女とバイロン卿
少女漫画界の大ベテランが、19世紀のイギリスを舞台に、ホラー界の二大有名人を題材に描くホラーミステリであります。あの大詩人バイロンとともに、型破りな貴族の少女・ポーリーンが、二つの怪事件に挑みます。
時は19世紀の初め、貴族ではあるものの孤児院育ちという一風変わった境遇の少女・ポーリーンは、数少ない親友のグレイスが怪死したことに衝撃を受けます。
少し前まで恋をしたと幸せ一杯だったものの、突然別人のように憔悴、自分の恋人は怪物だったと語っていたグレイス。ポーリーンは葬儀に現れた人気絶頂の詩人バイロンこそがその恋人と思い込んで噛みつくのでした。
しかしグレイスの恋人は名家ブランドン家の伯爵・トレミー――その事実を知ったポーリーンは、当のトレミーに何ともいえぬ不気味さを感じます。そして彼の周囲でグレイスの他にも何人もの女性が亡くなっていることを知ったポーリーンは、バイロンとともに調査を始めるのでした。
バイロンが語るには、トレミーには、かつて一度命を失いながらも、死体を繋ぎ合わせて蘇ったという噂があるというのですが……
19世紀イギリスでロマン派の詩人として一世を風靡するとともに、その放埒な生活で知られたバイロン卿。ホラー好き的にはディオダディ荘の夜ですが、本作は実にそこで生まれた二つの怪物を題材としています。
上で紹介した「それは怪奇なセレナーデ」はこのようにフランケンシュタインですが、続く表題作「それは常世のレクイエム」は、当然(?)吸血鬼テーマです。
ある日、スコットランドの貴族エドレッド・リッズデイルから求婚を受けたポーリーン。しかしエドレッドの正体は、一千年前から生き続ける吸血鬼――その事実を知ったポーリーンと彼女を守ろうとするバイロンですが、人智を超えた力を持つ相手に苦戦を強いられます。
かつてエドレッドに姉を殺された青年や、エドレッドの存在を知る謎の女占い師も絡み、物語は意外な方向に展開していくことになるのです。
さて、フランケンシュタイン(の怪物)も吸血鬼も、非常に有名な存在であることはいうまでもありません。その意味では新味のない題材ですが、しかし本作はそこに一捻りも二捻りも加えることで、大きな独自性と意外性を生み出しています。
トレミーは本当に死体を繋ぎ合わせて復活したのか、そしてグレイスたちは何故命を落としたのか。エドレッドは如何にして吸血鬼と化したのか、そしてどうすれば倒すことができるのか――作中に散りばめられた数々の謎は、この独自性と意外性が具象化したものといってもよいかもしれません。
しかし本作の魅力はそれだけではありません。本作で最も大きな光を放つのは、主人公であるポーリーンの個性なのですから。
名門貴族の娘が市井のギャンブラーと駆け落ちして生まれたポーリーン。その後ある出来事で両親を同時に喪った彼女は孤児院で育ち、そして祖父に見出されて実家に帰ってきたという、特異な生い立ちの少女です。
それ故か、貴族の令嬢としては異例のバイタリティを持つ彼女ですが、弱い者を労り、理不尽には怒り、そして苦難にあっても決して諦めない――そんな心の強さと正しさ、そして明るさを持つ女性でもあります。
その美貌も相まって、エルドレッドだけでなく、第一話ではトレミーにも求婚されている――そしてバイロンにも好意を寄せられているポーリーン。実に少女漫画の主人公に相応しいキャラクターですが、しかし彼女の真っ直ぐな心は、内容的には非常に陰惨な物語を様々な意味で救っているといえます。
本作に登場する「怪物」は、決して怪物として生まれてきたわけではなく、残酷な運命でそう変えられてしまった存在です。そんな彼らにとっての救いは、「愛」の存在にほかならない――それを与えるのがポーリーンとは限らないのですが、彼女の存在は、本作においてはそうした人間の「愛」、善き心を代表するものなのです。
(第二話で、彼女が自分の中にある「愛」の由来を語るシーンは、本作でも最も感動的なシーンでしょう)
有名すぎる題材を扱いながらも、そこに大きな独自性と意外性を与え、魅力的なキャラクターとコミカルな味付け、そして美しいロマンスの香りを加えて作り上げられた本作――作者ならではの味わいの名品です。
なお、本作には鎌倉時代の日本を舞台とした続編(といっても大きくテイストの変わる別作品)がありますが、こちらもいずれ紹介したいと思います。
『それは常世のレクイエム~夢みるゴシック~』(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
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