久保田香里『きつねの橋 巻の三 玉の小箱』 謎の玉がもたらすきつねの危機と心の光
平安時代を舞台に、少年武士・貞通と神通力を持った白きつね・葉月の交流を瑞々しく描く『きつねの橋』の第三作が刊行されます。橋のたもとで謎の女から託された小箱。それをきっかけに、葉月と敬愛する姫との関係を引き裂きかねない事件が起こります。(本作はNetGallyにて閲覧しました)
ある出来事がきっかけで、神通力を持つ白きつね・葉月と奇妙な友情を結んだ平貞通。源頼光の郎党である彼は、これまで葉月と助け合い、同僚の季武や友人の公友らと共に、今日で起きる不思議な事件を解決してきました。
そんなある日、瀬田橋で奇妙な女から小箱を預けられた遠助という男と知り合った貞通。しかしあやかし相手に安請け負いした遠助の言葉に危うさを感じた貞通の予感は、思わぬ形で当たることになります。
貞通も参加していた盗賊退治に遠助が巻き込まれてしまったことで、開いてしまった箱の蓋。女との約束を破り、その中に入っていた不思議な光を放つ玉を見てしまった遠助は、それ以来玉に魅入られたようになってしまったのです。
一方、妹のように思ってきた尊子姫に今日も仕える葉月ですが、そこに新たに、厳しく姫宮に教育を施そうとする年かさの女房・中務の君がやってきます。彼女に厳しく対抗心を燃やす葉月ですが、何故かどうにも調子が出ません。
そんな中、帝と対面することになった姫宮。しかし姫の屋敷で働くようになった遠助が、小箱を持ち続けていたことがきっかけで、思わぬ事件が起きてしまうのでした。
その事件以降、姫宮の下から姿を消してしまった葉月。葉月の異変を知った貞通は、事態を収拾するため、小箱を本来の届け先に渡そうとするのですが……
武士の貞通と化け狐の葉月を主人公とする本シリーズですが、前作は不思議な鬼に憑かれた季武を救おうとする貞通の冒険が中心となり、葉月の出番は控えめでした。しかし嬉しいことに本作では、葉月が再び物語の中心となります。
しかしそれを喜んでばかりはいられません。本作の葉月は、貞通以上に近しい存在である姫宮との関係に、危機と言えるほど大きな変化が生じてしまうのです。厳格で女房としてはまことに「正しい」振る舞いを見せる中務の君の登場によって、そして不思議な玉の小箱の存在によって……
一度は賀茂保憲によって京を追われながらも、姫宮の近くに在るために、京に戻ってきた葉月。そんな葉月を狐と知りつつ慕ってきた姫宮。そんな変わらぬ固い絆で結ばれた二人ですが、誰かと誰かの関係性というものは、そもそも変化するのが当然なのかもしれません。
この世の則の外にあるようなあやかしはいつまでも変わらなくとも、人は年月を経て変わっていきます。いや、本人たちは変わらずとも、本作において中務の君が姫宮を教育しようとしたように。そして姫宮が帝と対面しその境遇が変化したように、周囲がその在り方を変えようとする場合もあるのです。
そんな望まない変化をどう受け止め、どう行動すべきなのか。本作の葉月の姿からは、そんなことを考えさせられます。
(そしてこの変わる者と変わらない者の関係には、作中で思わぬ捻りが加えられているのですが――それは読んでのお楽しみです)
しかし、たとえ変わっていくものだとしても、誰かと誰かが一時でも心を通じ合わせ、共に在ることは、素晴らしいものであることは間違いありません。
(そしてそこから生まれる「記憶」が、一時のものだからこそ、なお一層かけがえのない宝であることもまた!)
作者の作品は、過去のある時代を舞台としつつ、その時代だからこその――しかし同時に、我々の暮らす現代にも通じる――シビアな現実の姿を描きます。しかしそれと同時に、その中で美しく輝く、誰かの心が生み出す光の存在もまた、描いてきました。
それは小箱の中の玉の光のように、眩いものとは必ずしも限りません。あるいはそれは、蛍の光のように小さく儚いものかもしれませんが――確かに光はそこにあるのです。
本作は、葉月たちの姿を通じて、そんな光を描き出した物語なのです。
『きつねの橋 巻の三 玉の小箱』(久保田香里 偕成社) Amazon
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