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2024.07.08

『逃げ上手の若君』 第一回「5月22日」

 1333年、鎌倉幕府執権の跡継ぎである北条時行は、武芸の稽古を嫌い、逃げ回るばかりの毎日。そんなある日、時行の前に現れた胡散臭い神官・諏訪頼重は、彼がやがて英雄となると告げる。しかしそれからまもなく、足利高により幕府は瞬く間に滅亡。ただ一人残された時行の前に再び頼重が現れる……

 原作の連載も快調な『逃げ上手の若君』のアニメ版がスタートしました。原作連載開始時は、そのあまりにニッチな題材に驚いたものですが、しかし瞬く間に人気となり、こうしてアニメとなったのは欣快の至りであります。
 しかしそうはいってもやはり題材が題材、そしてあの原作の独特のノリをどのようにアニメにするのか――と思いきや、この第一回は、冒頭から「まんが日本の歴史」的ブツを見せるという、ある意味非常に挑発的なことをやってくれるのには、こちらもニッコリするほかありません。

 さて物語の方は、原作第一話をほぼ忠実になぞってはいるものの、本編冒頭の入り方を、弓の稽古から逃げまくる(単行本最新刊の内容を思うとなかなか感慨深い)時行の姿から描くというのは、わずかなアレンジながら良いものであったかと思います。
 その後も、時に原作の台詞を最小限ながらアレンジ・省略したり、同じ台詞であっても、キャラクターの動きやエフェクトを重ねることで、原作に忠実だけれどもそのままではない、という作り方は好感が持てます。
 本来は当たり前と言えば当たりですが、原作で描かれたもの、原作から描かれるべきものをきちんと踏まえた上で、アニメとして何をどう見せるかを考えた跡が窺える作品というのは、やはり(本当は大胆なアレンジが大好きなタチの悪い)原作ファンとしても嬉しいものです。

 ただ少々残念というか、引っかかってしまったのは、その一方でギャグシーンになると途端に原作そのままになってしまうことで――これは原作のギャグシーンの独特のノリを考えると、仕方がない点ではあるのですが、何となく見ているこちらが(原因不明の)気恥ずかしさを感じてしまうところではあります。
 とはいうものの、ギャグシーンの大半を占める頼重の描写については、いちいちギラギラ輝く後光というかエフェクトは、もちろんこれもアニメならではの楽しさではあって、そこに変t――いや、胡散臭いイケメンを演じさせたら実に巧みな中村悠一氏の声も相まって、文句なし。本作の序盤を引っ張る存在である頼重のデビューとしては、ほぼ満点というべきかもしれません。

 そしてまた、今回のクライマックスというべき、頼重が一度は助けた時行を崖から落とし、敵方の武士に時行の存在を告げて――というくだりから始まる時行の「逃げ殺陣」とでもいうべきアクションも実に良かった。
 第一回なので過剰な期待は禁物とは思うものの、普通のバトルシーンとは組み立て方が全く異なるであろうアクションをこうして見せてくれるのであれば、この先も期待できるというものでしょう。


 というわけで、少なくとも原作ファンとしては納得のいく滑り出し、原作を知らない方でも、頼重のインパクトと、アクションのクオリティ、あとはまあ時行の可愛さで結構掴めるのではないかと思えた第一回ですが――これは本当に個人の印象なのですが、気になってしまったのはOPとEDの映像です。

 原作では(もちろんアニメ版でも)厭な感じに即惨殺されたキャラクターが、きっちりOPとEDに顔を出しているのがどうも妙に心に残ってしまうところで、原作ではキャラ的な重みはほとんどない(けれども立ち位置やビジュアル的にそれなりに印象に残る)キャラだけに、OPEDで元気な姿を見ると、毎回微妙な気分になりそうだな――というのは取り越し苦労だとは思いますが、正直な感想ではあります。クライマックスで豪快に裏切った奴が楽しそうに仲間していることについては――まあここでは仕方ないですね、こればっかりは)


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