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2024.07.11

ふくやまけいこ『東京物語』 日常と非日常を結ぶ優しい眼差しの探偵譚

 昭和初期の東京を舞台に、二人の青年が時に人情豊かな、時に不可思議な事件に挑む姿を描く、ふくやまけいこの代表作の一つがこの『東京物語』であります。お人好しの出版社社員・平介と、飄々とした風来坊の草二郎――凸凹コンビの冒険が温かいタッチで描かれます。

 缶詰になっている作家の原稿を取りに行った池之端の旅館で、宝石の盗難事件があったことを知った桧前平介。密室での事件に関心を抱いて調べ始めた平介は、旅館のそばの空き地でぼーっとしていた青年・牧野草二郎と出会います。
 たまたまその場に居合わせただけながら、平介を手伝うと言い出した草二郎。まるで関係ない話を聞いているだけにみえたにもかかわらず、近所の聞き込みだけで見事に犯人を探し当ててみせるのでした。

 それ以来、気の置けない友人となった平介と草二郎は、町を騒がす様々な事件を追いかけることに……


 作者の作品は、一目見ただけでホッとさせられるような、温かく柔らかな絵柄に相応しいストーリーという印象が強くありますが、本作もまたその例外ではありません。
 ジャンルでいえばミステリ、探偵ものになるものの、本作に流れるのは、どこかのんびりとした、温かい空気なのです。

 タイトル通り、本作の主な舞台となるのは東京――それも浅草や上野近辺といった下町。そこで主人公二人が出くわすのは、犯罪捜査というよりも(もちろんそうしたエピソードもありますが)、むしろ「日常の謎」的出来事が中心となります。
 そしてそこで描かれるのは、事件だけではありません。草二郎が想いを寄せるそば屋の看板娘のフミちゃんをはじめ、東京で懸命に生きる人々――そんな人々に寄り添い、温かく見守る本作の視点は、古き良き東京の情景と相まって、何とも心地よい読後感を残します。


 しかし本作ではその一方で、そうしたムードとは大きく異なる、何やら黒ぐろとしたものを感じさせる、本作の縦糸ともいうべき物語も描かれます。

 フミちゃんを誘拐した、洋館に潜むピエロ姿の怪人。不思議な力を持つサーカスの美形兄妹。次々と巨大な機械で宝石店を襲う怪人・機械男爵。中国奥地の崑崙機関なる組織で行われていた謎の研究。政財界に隠然たる影響を及ぼす不老不死の少女……
 草二郎の周囲で起きる不可解な出来事、そしてそこで蠢く怪しげな人物たちを描く中で徐々に明らかになっていくのは、草二郎自身の大きな秘密と、その秘められた過去なのです。

 これはこれで、舞台となる昭和初期に描かれた探偵小説や科学小説を思わせる、伝奇ムード濃厚で、私などはそれだけで嬉しくなってしまうのですが――何よりも素晴らしいのは、こうした非日常的なエピソードもまた、その他の日常的なものと違和感なく、地続きの世界として描かれていることです。

 もちろんその日常と非日常は、草二郎という共通項で繋がっているものではあります。しかしそれだけでなく、本作においては、非日常の物語であっても、その中に在る人々の営みや想いを温かく見つめる視線があるからこそ、そう感じられるのでしょう。


 日常の謎と伝奇的活劇と、相反するようなそれを違和感なく一つの世界で描き、そこで暮らす人々の営みとして優しく受け止めてみせる本作。
 現在、ハヤカワ文庫全三巻で刊行されているものが一番手に取りやすい版ですが、こちらには描き下ろしで本編終了後であろうワンカットが収録されています。それがまた、温かい余韻を感じさせるものなのも嬉しいところです。


『東京物語』(ふくやまけいこ ハヤカワコミック文庫全3巻) Amazon

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