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2024.08.10

上田朔也『ダ・ヴィンチの翼』(その一) 謎と暗号と剣戟に彩られた冒険活劇

 我々にはちょっと馴染みが薄い時と場所ながら、知ってみれば非常に魅力的な16世紀のイタリア。本作は、『ヴェネツィアの陰の末裔』の作者が、再びこの舞台で描く冒険ロマンがです。フィレンツェの危機を救う、ダ・ヴィンチの秘密兵器争奪戦に巻き込まれた少年が、冒険の果てに見たものは……

 時は1529年、生まれつき持っている治癒の力を隠して、村はずれに一人暮らす少年・コルネーリオ。しかし、森で瀕死の男・アルフォンソを見つけた彼は、思わず癒やしの力を使ってしまうのでした。
 芸術家にしてフィレンツェ共和国政府の要人・ミケランジェロの密偵であるアルフォンソを匿うために、農場主の娘であり、かつて命を助けたことがある少女・フランチェスカの屋敷を頼るコルネーリオ。そこで彼は、アルフォンソがダ・ヴィンチが密かに隠したという秘密兵器の設計図を探していたことを知ります。

 折しもフィレンツェには神聖ローマ皇帝の軍勢が迫る状況、フランスと結んで対抗しようとするも、到底力は及びません。そんな中、かつてダ・ヴィンチが発明しながらも、いずこかへ隠したという秘密兵器が、フィレンツェの最後の希望だったのです。
 しかし設計図の隠し場所を知るには、難解な暗号を解くしかありません。ところがアルフォンソとミケランジェロらの会話を盗み聞いたフランチェスカは、その暗号を見事解いてみせます。

 そんな中、屋敷を襲撃する神聖ローマ帝国皇帝直属の黒衣の騎士グスタフと教皇の刺客サリエル。コルネーリオとフランチェスカは、アルフォンソと彼の仲間たち、さらにフランスの密偵らとともに屋敷を脱出、次なる目的地・ヴェネツィアを目指すのですが……


 第五回創元ファンタジィ新人賞佳作、第五回細谷正充賞を受賞した『ヴェネツィアの陰の末裔』(以下「前作」)。本作は前作と同じ世界感、そしてほぼ同じ時期(時期的には一年後)を舞台に描かれます。

 前作は、当時のイタリアを巡る複雑怪奇な史実の中に、「魔術師」というフィクションの存在を嵌め込み、スリリングな諜報戦と、魔術師の青年の自己確立を描いた物語でしたが、本作もそれに勝るとも劣らぬ名品――前作が罠と陰謀が張り巡らされた諜報劇であったとすれば、本作は謎と暗号、そして剣戟に彩られた宝探しの冒険活劇です。
 主人公は強力な治癒の力を持つ少年、共に旅立つのは彼と淡い感情を寄せ合う頭脳明晰な令嬢と、世の裏街道を歩いてきた名うての密偵剣士。そして求めるのは、かの天才ダ・ヴィンチが発明したという謎の秘密兵器――とくれば、胸がときめくではありませんか。

 ちなみに前作の読者としては、ヴェネツィアの魔術師たちが再び登場する――前作の主人公コンビをはじめ、ほとんどはほんの僅かの出番ではあるものの、中にはコルネーリオの旅に同行し、頼もしい助っ人となってくれるキャラクターがいるのも、実に嬉しい。
 前作唸らされた魔術描写も健在であると同時に、その魔術と正面からやり合う敵を描くことで、敵の存在感を高めているのもまた巧みというべきでしょう。(そのうちの一人は、前作でも妙に印象を残したキャラクターなのが嬉しいところです)


 それにしてもダ・ヴィンチの秘密兵器とは、いささか突飛な印象を受けないでもありませんが、しかし当時のフィレンツェには、そんな怪しげなものに頼らざるを得ない状況にあったといえます。

 メディチ家を追放して共和制を敷いていたものの、ローマ劫掠を経てメディチ家出身の教皇と神聖ローマ皇帝が和解、共に敵に回り、メディチ家も復活を画策する状況にあったフィレンツェ。
 複雑な情勢の中で共和国の軍事を司る九人委員会(ミケランジェロもその一員)も一枚岩ではない中で、防衛はおぼつかない――そのような状況で、反撃の手段としてだけでなく、フィレンツェの人々の希望のシンボルとしてダ・ヴィンチの秘密兵器を掲げようとするミケランジェロの発想は理解できるものでしょう。

 先に触れたように、当時のイタリア情勢は複雑怪奇、そんな状況を舞台装置として、そして物語の原動力として使ってみせた本作は、歴史伝奇小説としても一級品といえます。


 しかしそれだけではなく――長くなりますので、続きは次回に。


『ダ・ヴィンチの翼』(上田朔也 創元推理文庫) Amazon


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