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2024.08.04

仁木英之『モノノ怪 鬼』(その一) 歴史小説的文法で描く初の長編エピソード

 ついに新作劇場版も公開された『モノノ怪』。その完全新作ノベル――仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾が本作です。今回舞台となるのは、九州平定を狙う島津家に抗う人々が暮らす地・玖珠。そこに現れる四つのモノノ怪を巡る、連作スタイルの長編です。

 九州で大きな勢力を持っていた大友家が耳川で島津家に惨敗して数年。以降、九州制覇を目論む島津家は各地を併呑しながら北上を続け、広大な山に囲まれ、「侍の持ちたる国」として自立してきた玖珠郡にもまた、その軍勢が目前に迫ります。
 しかし玖珠郡の諸侯をまとめる古後摂津守は、この地の有力者である帆足孝直と仲違いして久しく、島津に対する態度も足並みが揃わない危機的な状況――さらに、周囲の山には、いつしか人を食らう妖・牛鬼が棲み着き、人々を苦しめていたのです。

 そんな中、元服したばかりの帆足家の嫡男・鑑直は、山中で一人の美しい少女・小梅に出会います。
 自分よりも身体が大きく、腕力も武芸の腕も上回り、周囲からは「鬼御前」と呼ばれる小梅。しかし鑑直はそんな彼女に惹かれ、やがて二人は相思相愛となるのですが――実は小梅こそは、古後摂津守の長女だったのです。

 父同士の不仲にも引かず、自分たちの想いを貫くため、力を合わせて牛鬼を退治せんとする鑑直と小梅。そんな二人の前に、奇妙な風体の薬売りが現れて……


 戦国時代も末期、本土では秀吉が天下統一に向けて快進撃を続けていた1580年代後半、九州で繰り広げられた島津家と諸侯の戦い。本作の題材となっているのはその一つ、日出生城の戦いをクライマックスとする、玖珠郡衆と島津家の戦いです。
 そう、本作の背景は、かなり知名度は低い(フィクションの題材となったことはほとんどないのではないでしょうか)ものの、歴とした史実――さらにいえば、物語全体を通じて登場する鑑直と小梅(正確には後述)も、彼らの父たちも実在の人物なのです。

 同じ作者による前作『モノノ怪 執』においても、江戸時代を舞台に、史実の事件や実在の人物が題材となったエピソードがありましたが、戦国時代を舞台に、さらに史実と密着して描かれる本作のアプローチは、それをより推し進めたものといえるかもしれません。
 前作が時代小説の文法で『モノノ怪』を描いたとすれば、本作は歴史小説の文法で『モノノ怪』を描いた――そう評すべきでしょうか。


 そんな本作では、冒頭の「牛鬼」に続き、以下の物語が描かれます。
 鑑直と小梅の婚礼が行われる中、小梅の妹・豆姫に近づいた元島津家重臣の若侍・伊地知が、古後家をはじめ周囲を煙に巻き、狂わせていく「煙々羅」
 島津家の総大将・新納忠元の軍勢が玖珠に迫る中、島津家で勢力を急進してきた鬼道を操る怪僧が生み出した屍人の兵が玖珠を苦しめる「輪入道」
 島津の総攻撃を前に鑑直と共に小梅が日出生城に籠り奮闘する中、新たなモノノ怪が生まれる「鬼御前」

 このあらすじを見ればわかるように、本作にはこれまでにない、大きな特徴があります。それは本作が全四話構成であり、四話で一つの物語を成していること――つまりは本作は長編エピソードなのです。

 アニメの『モノノ怪』は、分量的には中短編であり、そして個々の物語は(稀に過去のエピソードのキャラクターが登場することはあれど)それぞれ独立したものとして描かれていました。
 それに対して本作は、玖珠という地を舞台にした連続した一つの物語であり、アニメにも小説にもなかった、これまでにない趣向といえるでしょう。
(そしてそれだけ薬売りも一つ所に長居するわけで、結構玖珠の人々に親しまれている様子なのが、ちょっとおかしい)


 しかし本作には、更なる特徴があります。それは――長くなりましたので明日に続きます。


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