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2024.08.05

仁木英之『モノノ怪 鬼』(その二) 異例のヒロインが持つ「強さ」と「弱さ」

 『モノノ怪』の仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾『モノノ怪 鬼』の紹介の後編です。歴史小説的文法で描かれる長編エピソードという点に留まらない本作のもう一つの特徴。それは……

 しかし、本作にはここまで述べてきた以外にも、もう一つの特徴があります。それは本作の実質的な主人公であり、そしてヒロインである「鬼御前」こと小梅の存在です。

 先に述べた通り、実在の(実際に伝承が残っている)人物である小梅――というより鬼御前。実は伝承では「鬼御前」の通称のみで、本名は残されていないのですが――そこでは夫の鑑直と共に日出生城に依り、わずかな手勢で勇猛を以て知られる島津勢を相手に奮戦したといわれる女性とされています。

 この鬼御前は身の丈六尺(180cm)近い長身だったということですが――図らずも××女ブームに乗る形に、というのはさておき、その規格外の人物像は、本作でも存分に活かされています。
 しかし彼女の最大の特長であるその「強さ」は、『モノノ怪』に登場するヒロインには、極めて珍しいものと感じられます。

 これまで『モノノ怪』に登場したヒロイン、モノノ怪に関わった女性の多くは、儚げな――望むと望まざるとに関わらず、ある種の「弱さ」を抱え、運命に翻弄される存在であったといえるでしょう。
 それはモノノ怪を生み出すのが人の情念や怨念によるものであることを考えれば――そしてまた、物語の背景となる時代を考えれば――むしろ必然的にそうなってしまうということかもしれません。

 それに対して本作の小梅は、並の男では及びもつかない力を持ち、そしてその力に相応しく、自分の行くべき道を自分で選ぶ強い意志を持つ女性――この時代の女性としては、破格というほかない人物。そんな彼女は、第一話で描かれたように、モノノ怪を討つ側であっても、生み出す側ではないと思えます。
 しかし、それであるならば、登場するモノノ怪をサブタイトルとする『モノノ怪』において、第四話のそれは何故「鬼御前」なのか――?

 実にそこに至るまでの本作の物語は――人々の誰もが巨大な歴史の流れに翻弄された時代、誰かを守るために誰かを傷つけなければならない時代に現れるモノノ怪を描く物語は――その理由を描くためのものといってよいかもしれません。
 そこには同時に、「強い」者の中には「弱さ」はないのか。そしてそもそも「弱さ」はあってはならないのか? ――そんな問いかけと、その答えが存在するとも感じられます。

 そして最後まで読み通せば、小梅もまた、『モノノ怪』のヒロインに相応しい女性であると――すなわち、過酷な運命に翻弄されながらも、なおも自分の想いを抱き続けた女性であると理解できるでしょう。
(もう一つ、『モノノ怪』という物語において、「解き放」っているのは、薬売りだけではないということもまた……)


 スピンオフ小説ならではの異例ずくめの趣向で物語を描きつつも、それでもなお、確かに『モノノ怪』と呼ぶべき物語を描いてみせた本作。
 異色作にして、だからこそ『モノノ怪』らしい――『モノノ怪』の作品世界を広げるとともに、そして同時にその奥深さを証明した作品といってもよいかもしれません。

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