鶴姫亡き後の鶴姫伝説の開幕 杜野亜希『碧のミレニアム』第1巻
戦国時代の瀬戸内海で姫武将として活躍したといわれる鶴姫。本作はその鶴姫伝説をベースとしつつ、大きく捻りを加えて描く、ロマンス色濃厚な歴史漫画です。現代から戦国時代にタイムスリップしてしまった女子高生・千波と新任教師・峰岸。そこで村上武吉と出会った二人の運命は……
2000年の大三島に暮らす女子高生・三島千波には、奇妙な過去がありました。12年前、ボートの転覆事故で奇跡的に助かった――いや息を吹き返した彼女は、手の中に覚えのない、鳴らない鈴を握りしめていたのです。
心ない周囲からは死にぞこないと呼ばれ、自身も無気力に生きていた千波ですが、ある日学校にやって来た新任教師・峰岸が自分と同じ鈴を持っていたことで、彼に興味を惹かれます。
しかし5年より前の記憶がなく、それどころか本当の峰岸を殺して成り代わっている疑いをかけられた峰岸。彼が警察に連行されようとしたのを千波が庇った拍子に、二人は崖から落ちるのですが――その時、鳴らない鈴が鳴り、なんと二人は戦国時代の大三島にタイムスリップしてしまったのです。
そこで旅の里神楽の一座に拾われ、共に三島村上水軍の一つ・能島の村上義益のもとに滞在することになった二人。しかし実は里神楽の一座は、義益に一族を殺され、復讐を誓う村上武吉一党の仮の姿だったのです。
武吉の義益襲撃に巻き込まれ、幾度も危うい目に遭う千波。自分の目的のためには手段を選ばない武吉に反発する千波ですが、武吉も自分たちと同じ鈴を持ち、そしてそれが鶴姫から与えられたものだと知ることに……
戦国時代の瀬戸内海は大三島を治める大山祇神社の大祝の家に生まれ、大内家の侵攻に対して、兄たちに代わり陣頭に立って戦ったという鶴姫。その戦いでは三度に渡り大内軍を押し戻したものの、乱戦の中で恋人を失い、悲嘆の末に入水したというドラマチックな伝説を持つ女性です。
当然と言うべきか、彼女の存在はフィクションでも様々な形で取り上げられていますが――最近でも私が文庫解説を担当させていただいた赤神諒『空貝 村上水軍の神姫』といった作品があります――本作はそんな鶴姫伝説をベースとした中でも、一ひねりも二ひねりも加えたユニークなスタンスの作品です。
というのも、本作の舞台は天文十八年――鶴姫が大内軍を撃退してから六年後、言い換えれば鶴姫が亡くなってから六年後の物語なのです。
鶴姫を題材としながらも鶴姫がいない、というのはなんとも意外ですが、しかし本作の世界において、彼女は今なお大きな存在感を持って描かれます。
この第一巻に登場する武吉や小早川隆景(!)が幼い頃に出会って強い憧れを感じた存在であり、そして瀬戸内の人々にとっては、大内軍との戦いの中で海に消え、金色の龍になって天に帰っていった伝説の存在として……
その後の年月に、大内家の支配と不作に喘ぐ瀬戸内の人々にとって、一種の救世主のような存在として崇敬の対象となっている鶴姫。
そんな状況に突然現代から放り込まれた千波は、髪を金色に染めていたことから、上述の金の龍――鶴姫の再来として見なされるというのも、面白い展開です。
しかしそれ以上に本作で大きな意味を持つのが、鶴姫縁だという「鳴らない鈴」の存在であることは間違いありません。
強い意志の力を持つ者、自分の目的を持ちそれを自分の力で達成しようとする者だけが鳴らせるという鈴――今のところ正体不明のその力もさることながら、その鈴を何故現代人の千波と峯岸が持っていたのか、それは大きな謎というほかありません。
そしてそんな謎もある一方で、三島村上水軍の内訌と、武吉の仇討ちという歴史ものとしての要素が、もう一つ大きな要素として描かれているのも目を引きます。
それは、かつての誇りを喪い、舟働き(海賊行為)をするほかなくなってしまった三島水軍をいかに甦らせるか、というさらなる難題へと繋がっていくのですが――今はまだ、仇討ちにのみ因われている武吉が、水軍の長としての自覚を持つことができるのか、というドラマに繋がっていくことになります。
鶴姫がもたらす謎と、三島水軍の再興と――その二つの柱がこの先どこに向かうのか、続きはまたいずれご紹介いたします。
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