木原敏江『星降草子〜夢見るゴシック日本編〜』 星が導く伝奇色濃厚な悲恋譚
木原敏江のロマンス・ホラー『夢みるゴシック』の日本編と題して発表された、鎌倉時代を舞台とした伝奇色の濃厚な悲恋譚が本作です。かつて東国で仲睦まじく育った公家の娘と郷士の少年――しかし二人の運命は大きく変転し、京で二つの顔を持つ公家の青年を加えた複雑な物語を描きます。
東国・香鳥郷で幼い日を過ごした公家の娘・棗(なつめ)。そこで土地の郷士の拾われっ子だという少年・群青と出会った彼女は、身分の違いを乗り越えた友達となり、やがてその想いは成長するにつれて恋へと変わっていきます。
しかしある出来事が切っ掛けで、群青は土地から姿を消し、なつめも傷心のまま、京に帰るのでした。
それから数年後、中納言家の跡継ぎながら没落して隠れ陰陽師として糊口を凌ぐ千早の君の下で、侍女代わりになって暮らすなつめ。しかし彼女は知らぬことながら、千早は裏ではある目的を秘めて、都を荒らす盗賊の頭領だったのです。
ある晩、押し入った先で検非違使の若者と斬り結ぶ千早。その若者こそは群青であり、同時に千早は群青が只人ではないことを見抜きます。
京で再会し、互いの想いを確かめ合うなつめと群青。しかし千早は、己の大望のために群青の秘めた力を求めて……
冒頭に述べたように『夢みるゴシック』の続編という位置付けながら、本作はむしろ内容的には、作者の時代ファンタジー『夢の碑』を思わせるものがあります。
恋に一途な少女と、彼女に献身的に愛を捧げる少年を中心に、様々な想いを秘めた人々が絡み合う姿を、時にコミカルな味付けを交えて描きつつ、美しくももの悲しいロマンスとして描く――その様は、いかにも作者らしいと感じます。
そんな中で本作が異彩を放つのは、群青の存在でしょう。土地の郷士の拾われっ子で、忘れ去られた古の星の神の社を一人守っている変わり者である群青。しかし彼は、死した者を蘇らせるという、謎めいた力の持ち主でもあります。
その力が元で、一度は彼はなつめと袂を分かつのですが――はたして彼は何者なのか。何故そのような力を持っているのか? 物語中盤で千早が群青の正体を看破した場面では、凄まじく拡大した作品世界のスケール感に、大いに驚かされました。
そしてそのスケール感が拡大する一方で、物語が二人の恋の結末に収斂していく結末には、まさかという気持ちとどこか納得する気持ちと、その二つが入り混じった不思議な感動があります。
一方、本書の後半に収められた『〈続〉星降草子』は、東国に向かった千早が駿河国で出会った、里長の家の病弱な少女・微(そよ)と、彼を追って京からやって来た幼馴染みの青年・野分を巡る物語となります。
一年の半分は寝込むほど体が弱く、人生を諦めていたそよが、正編で描かれたある力によって健康を取り戻し、野分と惹かれ合うも――そこに千早の複雑な立場が影を落とし、やがて思いもよらぬ結末に至る。
そんな物語は、意外性の点ではさすがに正編には一歩譲りますが、当時の京と鎌倉の微妙な関係を背景とすることで、よりままならぬ人の世の姿を感じさせるものとなっています。
そして正編ではある種トリックスター的な存在であった千早を中心に置くことで、正編とは異なる味わいを出しつつも、しかしそれを受けて等しい感動を齎す結末は、やはり名手ならではと感じさせられるのです。
「前作」とは大きく異なる内容であり、そちらの印象が残っているとかえって面食らう可能性が高いのですが――それでもなお、本作が歴史ファンタジーの佳品であることは間違いありません。
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