白川紺子『花菱夫妻の退魔帖 四』 物語を貫く謎の縦糸たち
幽霊を見る力を持つ鈴子と、霊を喰らう怨霊・淡路の君に憑かれた家系の孝冬――花菱夫妻が幽霊絡みの事件に挑むシリーズ第四弾は、再び舞台を東京に戻して展開します。淡路の君との関係性に悩みつつ、霊に挑む夫妻の前に幾度となく姿を見せる人物の正体は――ますます謎は深まります。
淡路の君を祓う覚悟を決め、その手掛かりを求めて花菱家の本邸のある淡路島を訪問した夫妻。そこで様々な伝承を調べ、手がかりらしきものを得た夫妻ですが、結局結論には至れませんでした。
しかし鈴子は、淡路の君は自分と同じように、外から花菱家に嫁いで来たのではないか、と半ば直感的に感じ取るのでした。
それが正しいのか、そしてそれが如何なる意味を持つのか――まだわかりませんが、この巻では再び東京を舞台に、苦しみ悩む人々からの依頼を受けて、鈴子と孝冬が霊に挑む姿が描かれます。
元旗本屋敷の玄関に現れる血塗れの女性の幽霊を祓うため、幽霊が何者なのか、夫妻が屋敷と持ち主の過去を調べる「神の居ぬ間に」
孝冬の昔なじみの新聞記者から、亡くなった退役軍人の後妻の暮らす屋敷の障子に、妾と思われる女の影が映ると聞かされた夫妻が、二人の女性の悲劇を知る「鬼灯の影」
神田川沿いに出る女の幽霊の正体が、かつて恋していた元旗本の令嬢ではないかと考える古美術商から依頼を受けた夫妻が、幽霊の正体を追う「初恋金魚」
いずれのエピソードも、本シリーズらしい恐ろしさと哀しさ――特に華族や旗本といった「家」に縛られた女性の悲しみを描くものとして印象に残ります。
さて、これらのエピソードの面白さもさることながら、物語全体における縦糸たちもまた、こちらの目を強く惹きます。
その一つが、淡路の君の存在であることはいうまでもありません。花菱家の当主に遥か昔から憑いて幽霊を食らい、食わせなければ祟るという淡路の君。
そもそも鈴子と孝冬が出会うきっかけも淡路の君なのですが――しかし幽霊もまた「人間」と考える鈴子にとっては、幽霊を食らう行為自体が許されざるものといえます。
かくて冒頭で触れたように、花菱家に祟り幽霊を食らう淡路の君を祓うことが、夫妻の目的となったわけですが――しかし本書において、鈴子の中に生じたある種の迷いは、物語上大きな意味を持って感じられます。
それは淡路の君に食わせる霊を選ぶことは正しいのか、という迷い――淡路の君を鎮めるためには霊を食わせなければならない。しかし食われていい霊、いけない霊を自分たちが選ぶことは、それは一つの傲慢さではないのか、という迷いです。
その悩みをある意味裏付けるように、この巻では二人ではどうにもできない――そして放置しておいても害しか生まない霊を、淡路の君が食う様が描かれます。
それは極端な例かもしれませんが、しかしいずれにせよ、この鈴子の悩みの答えは、物語全体を通じての一つの結論になるように思われます。
そしてもう一つ、本書において強調される縦糸は、これまでの物語で幾度となく夫妻の前に現れた新興宗教・燈火教と、その傘下にあるという鴻心霊学会なる団体の存在です。
その目的は全く不明ながら、夫妻が関わる幽霊事件の関係者の陰に、幾度も見え隠れしてきた燈火教。しかしこの巻においては燈火教以上に、鈴子の行く先々に現れる老婦人・鴻夫人の存在がクローズアップされます。
前々作のラストに意味ありげに登場した老婦人・鴻夫人。鴻心霊学会の長・善次郎の妻である彼女もまた、幽霊を見る力を持つ者であり、淡路の君の存在をも知っているのですが――しかし彼女の霊に対する態度は、鈴子のそれとはまた異なります。
その違いが何を意味するのか――今のところは善意のみで行動する名家の老婦人にしか見えない彼女だけに、その見えない思惑は、淡路の君以上に不気味に感じられるのです。
そして本作では、鴻心霊学会そのものにも、不穏さを感じさせる描写が散りばめられているのですが――特に善次郎と、ある人物の関係は、今後大きな意味を持つことになるのでしょう。
この先も待つ様々な謎と秘密に夫妻がどのように立ち向かっていくのか――しかしこういう時、夫妻の間が全く揺らぐことなく、むしろより絆が深まっていくのが嬉しい――次巻も今から楽しみです。
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