かつてない緊迫した状況と、宣能への生暖かい眼差し 瀬川貴次『ばけもの好む中将 十二 狙われた姉たち』
ばけもの好む中将こと左近衛中将宣能と、彼に付き合わされる右兵衛佐宗孝が繰り広げる騒動を描いてきた『ばけもの好む中将』、番外編を挟んで久々の新作です。多情丸への復讐に心を因われた宣能を気遣うも、空回りしてばかりの宗孝。しかしその多情丸は、宗孝の姉たちに狙いを定めて……
幼い頃に乳母と共に多情丸に襲われ、自分だけが生き残ったという過去を持つ宣能。彼の多情丸への復讐の決意は固く、危険な企てを何とか止めようとする宗孝との間には隙間風が吹き始めます。
宣能といえば怪異巡りと、彼の気を復讐から逸らそうと怪異スポットを探したり、乳母の霊を呼び出そうと三流陰陽師の歳明の力を借りて奮闘する宗孝。しかしこういう時に生真面目な彼は空回りし、そればかりか宣能との間にはますます気まずい空気が流れます。
しかも、悪い時には悪いことが重なるものです。これまで幾度となく宗孝を救ってきた十の姉・十郎太の正体が、かつて京の裏社会を取り仕切っていた黒龍王の孫娘であると知ってしまった多情丸。彼は、自分こそが黒龍王の後継者であることを示し、そしてかねてからの邪恋を果たすために十郎太を狙いを定めたのです。
とはいえ、神出鬼没の十郎太を捕らえるのは難しい――というわけで、彼女の姉妹、すなわち宗孝の姉たちを標的に定めた多情丸。その命を受けた、面長と丸顔の二人組が、次々と宗孝の姉たちを誘拐しようと企てて……
というわけで本作では、サブタイトルの「狙われた姉たち」どおり、かつてない緊迫した状況が訪れます。
尼僧の二の姉、下級武士と駆け落ちした六の姉、発明家夫妻の五の姉、恋多き四の姉、そして宮中での女房修行を間近にした真白――宗孝の大事な姉たちの身に危険が迫る!
……かどうかは、本シリーズのファンであれば、容易に先の展開の予想がつくと思いますが、その辺りは平安コメディの第一人者たる作者の面目躍如――個性的な姉たちならではのシチュエーションで繰り広げられる騒動は、こちらの期待通りの楽しさです。ここのところ重い展開が続いてきただけに(いや、この展開も重いといえば重いのですが)溜飲が下がる思いです。
一方、彼女たちが主役(?)となっている裏で、宣能と宗孝のドラマも展開していくことになります。その中でも特に今回印象に残るのは、宣能と多情丸の子分筆頭である狗王の対峙です。
子分筆頭に相応しい実力者ではあるものの、しかしどこまで本心から多情丸に従っているのかわからず、その行動には謎めいたものを感じさせる狗王。今回の宗孝の姉誘拐作戦の指揮を任されているのも彼ですが、どこまで本気なのか、疑わしいものがあります。
それはさておき、これまで宣能と狗王が直接対面して会話する場面はあまり記憶がありませんが、どちらも本心を表に出さない人物だけに、腹の探り合いは、なかなか読ませるものがありま――といいたいところですが、今回必見なのはむしろ、宣能も気付いていない彼の本心を狗王が言い当てるくだりでしょう。えっ、宣能気付いてなかったの!? とこちらも驚いてしまうのですが、そんな彼を生暖かく見つめる狗王の姿には思わず共感――こちらも同じ顔で宣能を見守りたくなってしまうのです。
そしてそれは、ここのところ闇落ちしかかっていた宣能に対する、大げさに言えば最後の希望なのですが――しかし本作のラストでは、思いもよらぬボタンのかけ違いから、とんでもない事態が発生することになります。
宣能も宗孝も、そして多情丸も予期していなかったであろう、そして誰にとっても幸せにならない事態の先に何が待つのか?
早くも再来月刊行となる第十三巻「攫われた姫君」が今から楽しみで仕方ありません。
『ばけもの好む中将 十二 狙われた姉たち』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
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