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2024.09.04

伝奇西部劇の極北 黒人ボクサーVS獣人魔族! 技来静也『ブラス・ナックル』

 決して数が多いわけがない伝奇西部劇漫画の中でも、極北と呼ぶべき作品は本作でしょう。人間社会に潜む人食いの獣人魔族を狩るため、元ヘビー級黒人ボクサーが己の拳を武器に孤独な戦いを続けるバイオレンスアクション――『セスタス』シリーズの技来静也のデビュー作です。

 舞台は1885年のアメリカ西部――何人もの白人を無惨に殺した罪で追われる賞金首「血の雨ヴィクター」こと元ヘビー級ボクサー、ヴィクター・フリーマン。今日もまた、酒場に逃げ込んだ女性を無慈悲に撃ち殺して保安官に捕らえられた彼は、自分の身には頓着せず、殺した女の死体を気にするのでした。

 その晩は満月――安置されていた女の死体が突如蘇り、葬儀屋を無惨に食い殺します。実は女の正体は、古くから人間に化けて社会に潜み、夜にその正体を現しては人々を食らう獣人魔族。そして実はこれまでにヴィクターが殺してきたのもまた、全てこの獣人魔族たちだったのです。
 満月の夜に力を最高潮に発揮する獣人魔族には、通常の武器は通用しません。しかし、ヴィクターは身につけたボクシングの技、そして左手に装着した銀の弾丸を発射する鋼鉄製の拳「ブラスターナックル」を武器に、単身で魔族に立ち向かいます。

 死闘の末、魔族を滅ぼしたヴィクター。しかし魔族は死ねば人間の姿に戻ってしまうため、彼は「殺人鬼」としてさらなる汚名を背負うことになります。しかし彼はそれを意にも介さず、新たな狩りへ……


 人間社会に潜む魔物と人知れず孤独に戦い続ける戦士――伝奇ものでは定番のシチュエーションです。
 しかし本作はそれを踏まえつつも、舞台を19世紀のアメリカ西部に置き、主人公ヴィクターを黒人にすることで、物語に異様な緊迫感を生み出しています。

 物語の背景となっているのは、奴隷解放宣言から約二十年後とはいえ、依然として根強い黒人差別が残るアメリカ西部。そんな中、ヴィクターが戦う獣人魔族の多くは、今なお支配的な立場にある白人たちに擬態して、黒人たちを文字通り「食い物」にしているという状況にあります。
 そんな中で、黒人のヴィクターが獣人魔族を追い詰めるのは困難であるだけでなく、相手を倒しても、残るのは白人の死体――人知れぬ戦いであるがゆえに誤解され、逆に追われるという設定も定番ではありますが、ここまで厳しい状況も珍しいでしょう。

 特に二番目のエピソードでは、白人の町長に擬態した魔族が近隣の黒人の村を蹂躙するも、手下として動くのは単に差別感情に駆られた人間であり、そしてそれに抗する黒人たちも、捕らえた手下たちを法で裁くのではなく、私刑にかけて――と、きっかけは魔族であっても、暴力の連鎖を生むのは人間の心という、実に胃の痛くなるような状況が描かれます。

 その一方で、後半展開される長編エピソードでは、ヴィクターの首を狙う賞金稼ぎが集団で登場、様々な技で襲いかかる――という展開もあり、シチュエーションからもアクションの面からも、西部劇として魅力的に感じられます。


 しかし、自分以外は全て敵という絶望的な戦いの中にあって、どのような状況にあっても心折れないだけでなく、己の手で魔族たちを叩きのめすヴィクターのアクションは、見どころであると同時に一つの救いといえます。
 作者はこの作品の後に、古代ローマを舞台に本格ボクシング漫画を描くという離れ技を見せますが、その筆力はこのデビュー作の時点で既に確立されています。さらに必殺のブラスターナックルは、魔物に抗する銀の弾丸という古典的な武器に、新たなカタルシスを与えているといえます。

 とはいえ、そのボクサーとしての技があるとはいえ、なぜ彼が魔族を狩るようになったのか、そもそもその技や装備はどこで得たものなのか――それも物語の中で徐々に明らかになり、やがて巨大な伝奇物語の枠組みが浮かび上がる様も、また見事というべきでしょう。

 単行本全三巻と決して長くはありませんが、高い完成度を持つ本作。もし作者がこの路線を続けていたら――というifを夢見たくなる、異形の西部劇アクションの佳品です。


 とはいえ、人間に擬態し死んだ後には人間の姿に戻る魔物と戦う、腕に武器を仕込んだ孤独な巨漢(後半にはさらにそのものずばりの片手を持つキャラも登場)という設定には、既視感がないでもないですが、作者にはあの作品とも浅からぬ縁があるので、これはまずご愛敬でしょう。
 ここはむしろ、この設定を現実世界を舞台にして、自分の得意な題材で描いてみせたことを、大いに評価すべきと感じます。


『ブラス・ナックル』(技来静也 白泉社ジェッツコミックス) Amazon

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