栗城祥子『平賀源内の猫』 第12話「遠雷」
平賀源内と飼い猫のエレキテル、そしてお手伝いの文緒のトリオを主人公に描く『平賀源内の猫』も、嬉しいことに前話からあまり間を置くことなく、新たなエピソードが公開されました。前話で秋田を訪れた源内が出会った新たな才能。その才能を江戸に誘う源内ですが……
博覧強記で粋な性格の源内、帯電体質でひねくれもののエレキテル、生まれついての赤毛にコンプレックスを持つ文緒――これまで様々な事件に出会ってきた三人(?)は、源内が出羽秋田藩主・佐竹義敦に招かれ、鉱山開発の指導を行うことになったため、秋田に向かうことになります。
その背後には源内の真意を疑う田沼意次の思惑があったり、文緒の出生の秘密を握るらしい書付を途中で見つけたりと、早くも波乱含みの秋田行き。そんな不穏な空気が漂う出だしでしたが、しかし今回は穏やかな(?)内容でホッとします。
絵画に凝っているという義敦から、ある藩士の存在を聞かされていた源内。銅山に行く途中に立ち寄った宿に飾られてきた屏風絵の見事さに感心した源内ですが、それこそはその藩士――小田野直武の手によるものでした。
直武と会い、西洋画の技法を教える源内。そして直武の才能に惚れ込んだ源内は、ある目的のため、彼を江戸に誘います。自身も大いに心動かされた様子の直武ですが、しかし彼は迷いを見せて……
平賀源内の生涯を扱った作品では、かなりの確率で描かれる秋田行き。その理由は、この小田野直武との出会いがあったからではないか、とすら個人的には考えています。
江戸から遠く離れた秋田で西洋画の腕を磨き、平賀源内に見出されたことがきっかけで、ある書物の装画を担当し、名を後世に残した直武。そんな彼の後半生は、源内との出会いがあってこそであり、源内の影響力の大きさを物語るものといってよいでしょう。
そして本作においては、その書物がこれまで大きくクローズアップされてきただけに、ここで彼の存在が描かれるのはむしろ必然といえます。
しかし本作の直武は、源内の誘いに躊躇いを見せます。それは秋田の藩士であり、何よりも藩主たる義敦に見出された彼にとって、自然な心の動きではありますが――しかしそんな直武に対して、源内は一つの行動をもってその想いを示すのです。
思えば、かつて源内も高松藩士でありながら、己の夢を追って脱藩した人間。そんな彼にとっては、忠義と己の夢の間で揺れる直武の気持ちは、よく理解できるのでしょう。
(物語の途中、城勤めの娘たちが、自分たちがいかに恵まれた立場にあるか語る場面も、ここに重なってくるものと感じます)
それでも、時には全てを捨てて――命すら賭けて、何事かを成さねばならない時がある。今回描かれた源内の行動は、まさにそれを身を以て示すものであったといえます。
そしてそれがまた、源内自身にとっても大きな意味を持つ行動――史実ではないかもしれないけれども、なるほどこう来たかとニヤリとさせられる行動であるあたりが、また実に本作らしい捻りの効かせ方だと嬉しくなるのです。
先に述べたように今回はあまり重い内容ではなかったのですが、しかしそんな中でも、文緒と源内のこの先に何やら不穏なものを感じさせる場面があったり(特に史実における源内の運命を考えると……)と、まだまだ先には波乱が待っていることを予感させます。
しかしそれでも本作の源内は、何事かを成すために、この先も己の全てを賭けて突き進むのだろう――そう感じられたエピソードでした。
それにしても源内とエレキテルは、時々明らかに目と目で通じ合っている時があって――実際猫とはそういうものですが――何やら不思議な気分にもなります。
(エレキテル、本当は人間のこと全てわかっているのではないかしらん)
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