おかしなトリオが見せる「うたの力」 木原敏江『ふるふる うたの旅日記』
時に叙情的に、時にコミカルに多くの歴史ものを描いてきた作者の作品の中でも、今回紹介するのはコミカル色強めのユニークな物語です。とんでもない悩みを抱える修行僧、泥棒もお手のものの美貌の遊芸人、そして記憶喪失の怨霊(?)というおかしなトリオが賑やかな旅を繰り広げます。
雨宿りしているお堂に飛び込んできた女性と見紛うばかりの美形の遊芸人・活流、そしてそこに落ちた雷と共に現れた記憶喪失の女官の怨霊・おぼろ式部と出会った旅の僧・青蓮法師。
そこでその地の長者から法事での読経を頼まれた法師は、一度は固辞したものの、是非にと頼まれて仕方なく読経を行ったものの、そこでとんでもない事態が――実は彼は、一心に経を読むと、聞く者が皆ぐっすりと眠ってしまうという悩みを抱えていたのです。
活流がなぜか経を聞いても眠らないことに喜ぶ法師ですが、活流が全員眠りこけた長者の家から金品を盗み出したために、仲間扱いされて慌てて逃げ出す羽目になります。
かくして青蓮法師の名を使えなくなった彼は、俗名の降日古を名乗り、活流、そしておぼろ式部と共に旅を続けることに……
経文を唱えれば菩薩や飛天が現れるほどの奇瑞を発揮しながらも、常人は眠ってしまうという特異体質(?)を持つ降日古、時には盗賊に早変わりする遊芸人の活流、恋を夢みて現世に戻ってきたもののなぜか降日古に憑いてしまったおぼろ式部――本作は、そんな一癖も二癖もあるユニークな主人公トリオが織り成す物語です。
本作では、このトリオが行く先々で様々な事情を抱えた人々と出会い、それを彼らならではのやり方で解決していく様が描かれます。
一旗揚げるために出ていった恋人を待つことに疲れた土地の名家の娘、下働きの娘が家を乗っ取ろうとしていると思い込んだ孤独な老女、幕府への謀反に巻き込まれて逃げる夫婦、さらには式部を調伏しようと追ってきた「護法の天狗」を自称する修験者――最後の一人はともかく、どの登場人物も一筋縄ではいかない悩みを抱えているのを、基本コミカルに、そして時に叙情的に降日古たちは助けることになります。。
そしてそんな中で大きなウェイトを占めるのは、言葉の持つ不思議な力です。古来より、人間が様々な願いや想いを込めた言葉――その最たるものである「うた」の力を本作は描きます。
特にそれがよく現れているのは第二話のクライマックスでしょう。ようやく自分のもとに帰ってきた男を、意地を張って一度は追い返したものの、後悔して後を追う娘。しかし男は既に遥か先に行ってしまい、追いつくのは到底不可能に思えたところで、降日古と活流が歌ったうたは……
通常であればありえない奇瑞ともいうべきそれを、本作は巧みなドラマの盛り上げと画の力、そしてそこで歌われるうたの絶妙ななチョイスで、不思議な説得力を持って描きます。それを見れば、本作の副題が「うたの旅日記」というのも納得できるでしょう。
そしてそんな本作の主人公が、これも一種の「うた」である経文を読む僧侶と、「うた」に合わせて舞い踊る遊芸人というのもまた象徴的であると感じられます。
そんな一方で、生真面目な降日古と、いい加減で脳天気な活流という水と油の二人が旅を通じて友情を育んでいく様も本作の楽しいところです。そんな二人に比べるとちょっと引いた感もあるおぼろ式部も、物語のラストで判明する正体はびっくり仰天、何とも愉快な幕引きを迎えることになります。(特に「天狗」との対峙から正体を思い出す展開はお見事!)
物語的には単行本全一巻でまとまってはいるものの、テーマといいキャラクターといい実に魅力的で、まだまだその先の旅を見たいと思わせる快作です。
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