「エリマキ」の男と追う、妻の亡霊の謎 北沢陶『をんごく』
第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞史上初の三冠受賞、「このホラーがすごい! 2024年版」第3位と話題に事欠かない『をんごく』――大正時代の大阪船場を舞台に、亡き妻の面影を追い求める画家が、霊を喰らう奇妙な存在と共に、妻の亡霊にまつわる謎と恐怖を追う物語です。
関東大震災で焼け出され、実家のある大阪船場に帰った画家の壮一郎。しかし、震災で負った傷がもとで妻・倭子を喪った彼は、強い喪失感に苛まれることになります。
未練のあまり巫女に降霊を依頼した壮一郎ですが、降霊はうまくいかず、それどころか「奥さんは普通の霊と違う」と告げられてしまい。そしてそれを裏付けるように、壮一郎の家では次々と奇妙な出来事が起こり、彼自身も妻の不気味な声や気配を感じるのでした。
そんなある日、壮一郎の前に襟巻きのようなものを巻いた奇妙な男(?)が現れます。見る人によって異なる顔を見せるにもかかわらず、壮一郎の目にはのっぺらぼうのように顔のないものとして映るその存在――通称「エリマキ」は、死を自覚していない霊を喰らっていると語り、倭子の霊をも喰らおうとします。
しかし、大量の異常な気配に阻まれ、倭子の霊を喰らうことに失敗するエリマキ。さらに周囲に犠牲者が出るまでに至ったことから、壮一郎とエリマキは、倭子の霊に何が起きているのか、その謎を追うことに……
壮一郎が巫女を訪ねて不可思議な体験をする静かで不穏な場面から始まり、淀みない語り口で、徐々に恐怖感とスケール感を高めていく本作。
震災によって親しい人間を失うという、現在の我々にとっても決して他人事ではない出来事から始まり、少しずつ主人公の周囲が異界に染まっていく展開は、その語り口も相まって、怪談ムードを一層高めてくれます。
しかし、本作の最大の特徴は「エリマキ」の存在にあることは間違いありません。赤黒い鱗のようなものに覆われた襟巻き状のものを巻いていることからその名で呼ばれる彼は、明らかに人間ではないものの、不思議な人間臭さを感じさせる存在です。
いかなる理由か、見る人によってその顔が異なる――見る者の心に最も深く根付いている人間の顔に見えるため、ほとんどの者は抵抗や疑いなくエリマキに惹かれてしまうというその能力(?)も非常にユニークですが、しかし壮一郎のみは誰の顔を見ることができない、というのが面白いアクセントとなっています。
そもそも、壮一郎であればエリマキに倭子の顔を見るはず。それがのっぺらぼうにしか見えないのはなぜなのか――その理由は、(比較的シンプルな)壮一郎の人物像に深みを与えていると感じます。
そして成り行きとはいえ、一種のバディ的関係として行動を共にすることになった壮一郎とエリマキ。二人が倭子の霊が得体の知れない存在となった謎を追うという、冒頭からは予想もつかなかった方向に物語は展開していきます。
その先で解き明かされる真相は、民俗的な整合性を感じさせつつも伝奇性が高く、そして何よりも同時に、人間の業の深さを感じさせるものであるのが嬉しい(という表現はいかがかと思いますが……)。ここまで語られてきた壮一郎の設定一つ一つに意味が生まれるのも、見事としか言いようがありません。
しかしその一方で、物語がどこかボリューム不足に感じられてしまうのは、全般的に展開がシンプルで、淡々と進行しているように感じられるためでしょうか。
もちろんそれは、本作が無駄を削ぎ落とし、スムーズに進む物語であることと表裏一体ではあるのですが――そのためか、壮一郎とエリマキの結びつきが生み出すクライマックスの盛り上がりが、少々唐突に感じられてしまったのは、残念なところではあります。
もちろん、エリマキのキャラクターそのものは非常に面白く、その背後に大きな広がりを感じさせてくれます。本作自体は非常に綺麗に完結していますが、舞台と趣向を変えた彼のさらなる物語があれば、読んでみたいと感じるのは間違いないところです。
『をんごく』(北沢陶 KADOKAWA) Amazon
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