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2024.09.20

『鬼武者』 第質話「魁」

 武士の生まれではなかったものの、師である松木兼介に見出され、名前と刀を与えられた伊右衛門。その大望は、太平の世に安住する侍を皆殺しにし、新たに強固な国を築くことだった。その企てへの誘いを蹴った武蔵に対し、新たな剣士を差し向ける伊右衛門。しかしその剣士のとった行動は……

 いよいよラスト一話前、前回の終盤では、伊右衛門に操られる両親に首を絞められるさよを救うため、武蔵が涙ながらに両親の首を落とすという、非常に後味の悪い展開でしたが、今回は諸悪の根源というべき伊右衛門の目的が描かれることになります。

 前回、遊里で生まれた子ながら、少年時代にそこで火事に遭って死んだ武士・伊右衛門の刀を手に入れようとした際に、松木兼介と出会ったことが語られた伊右衛門。学問に剣術にとめざましい才を見せた伊右衛門に惚れ込んだ松木は、彼に元服を許す――つまり武士となることを許します。しかし伊右衛門はとんでもない大望を松木に語ります。「今この世にいる侍は皆殺しにすべき」だと――はい?
 かつての戦国乱世は遠ざかり、今の侍は幕府の飼い犬ばかり。いずれ異国が攻め入ってきた時のため、侍を鍛え直したい。ここは一つ、関ヶ原の戦のような大戦をもう一度起こし、そんな侍たちをふるいにかけ、海の向こうまで打って出られる強国を作るのだ、と、伊右衛門は主張するのですが――現代には中二病という便利な言葉がありますが、不幸だったのは松木が実際に関ヶ原を知る昔ながらの武士であったこと、そして何より、伊右衛門が幻魔と出会ってしまったことでしょう。

 かくして、幻魔の軍勢と、幻魔転生(仮称)した剣士団を率いて大望の実行に乗り出した伊右衛門。えてしてこの手の企ては、味方に誘おうとした相手によって粉砕されるものですが、伊右衛門も武蔵を勧誘――もちろん前回終盤のようなことを仕掛けれた相手の言葉を聞くはずもありませんが、そういう時に、少し痛め付ければ言うことを聞くだろうと勘違いするのも、この手の輩の共通項なのかもしれません。
 そして幻魔兵に囲まれた武蔵の前に、伊右衛門は満を持して一人の男を招きます。長い刀を背負ったその男を目にした武蔵の反応は「いるはずが――否、いないはずがないと思っていたぞ」。そう、その男の名は佐々木小次郎。おそらくは十数年前に巌流島の決闘で武蔵に敗れた男が、その時の姿で現れたのです。

 その小次郎に対して、幻魔転生(仮称)を拒否する武蔵の両の腕を斬り捨てろと命じる伊右衛門ですが――観ているこちらが「あ、これはマズい」と思った瞬間、小次郎が斬り捨てたのは伊右衛門の両の腕! 視聴者の大半が予想したように、幻魔転生(仮称)した剣士が逆らう――というより、戦国を知る猛者が、戦いを知らない青二才の言葉に従うはずもないと予想できなかったのは、伊右衛門の自信過剰が招いたことですが、観ているこちらとしてはザマを見ろとしか言いようがありません。
 本人は幻魔になっていないのか、そのまま地に伏し、血の気を失っていく伊右衛門を尻目に、新たに二本の腕を生やし、四本の腕に四刀を構える小次郎と、鬼の篭手を装着した武蔵――互いにかつてとは異なる力を得た(しかし小次郎が二刀流×2をやってどうする、という気はします)二人の剣士の決闘が始まります。

 周囲の幻魔兵になど目もくれず、剣撃に巻き込んで吹き飛ばしながら、激しく切り結ぶ武蔵と小次郎。もはや、さよも佐兵衛も出る幕なしの戦いの行方は……


 というわけで、基本的に最も盛り上がるラスト一話前のはずですが、主人公を転生させるために体の一部を奪わせようとしたり、陰謀の首魁が配下の最強の剣士にあっさり裏切られるという、何だかもの凄く既視感のある展開になってしまったのは――立場こそ違え、武蔵という共通項があるだけに――悪い意味で驚かされました。
 中二病感溢れる伊右衛門があっさりやられる展開は、それなりに痛快といえなくもありませんが、さて、ここから本作なりの結末をどのようにつけるのか。いささか不安感が漂います。


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