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2024.09.30

交錯する孤島の謎と未亡人の愛と 山本貴之『紅珊瑚の島に浜茄子が咲く』 

 昨年公募を終了した日経小説大賞の第15回受賞作は、江戸時代後期の羽州と江戸を舞台にした、ミステリアスな物語です。羽州藩の支藩である新田藩に預けられた天領の島――そこに隠された秘密とは何か。藩の継嗣の近習が追うその謎と、江戸で運命の人を待ち続ける紙屋の未亡人が、意外な形で交錯します。

 江戸で愛のない新婚生活を送る紙問屋の娘・千代は、ある日、根津権現の境内で出会った若侍と一時の関係を持ち、四年後の再会を約束します。それから間もなく夫を亡くした千代は、その逢瀬で授かった子を産み、四年後を心の支えに懸命に生きていくのでした。

 実はその若侍の正体は、遠州浜名藩の四男・響四郎――部屋住みだった彼は、しかしその直後に水野忠邦の斡旋で、羽州藩の支藩・新田藩の継嗣に迎えられることになります。
 その際、響四郎は、忠邦の配下からある秘密の存在を耳打ちされることになります。それは、新田藩に預けられた幕府の直轄領・華島を巡るものでした。

 浜名藩から付き従ってきた者たちを、華島の調査に充てる響四郎。しかし二人が相次いで変死を遂げたことから、まだ若い近習の中条新之助がその任に当たることになります。
 折しも本家・羽州藩からの干渉が激しくなり、新田藩が二分されつつある状況で、新田藩と羽州藩、さらには江戸の隠密が暗闘を繰り広げる華島。そんな中で探索を続ける新之助にも、危機が迫ります。

 一方、文政の大火に遭い、窮地に立たされた千代は、思わぬ縁から薬種問屋の主人として雇われることになります。何やら裏があるらしいその店は、思わぬ形で新田藩での一件と繋がっていて……


 ミステリ要素も強い本作は、新たに新田藩主となった響四郎の近習である新之助と、響四郎と一時の愛を交わした千代の、二つの視点――特に新之助の視点を中心に展開される、ユニークな構成の物語です。

 物語の中心になるのは、幕府の直轄領でありながら新田藩に預けられた華島――蝦夷地の花として知られる浜茄子が咲くこの島では、時折、沖合で巨大な影が目撃されるという、怪談めいた噂が囁かれています。
 それをしかし単なる怪談と一笑に付すことができないのは、それにあの水野忠邦が目をつけているらしい――そもそも響四郎はそのために送り込まれたともいえるのですから――だけでなく、新之助と同じく響四郎に従ってきた浜名藩士たちが次々と命を落としたことでも知れます。

 そんな中、成り行きから代官に任じられた新之助が島に潜む謎に挑むのですが――正直に申し上げれば、その謎自体は、時代劇ファンであればすぐに想像がつくものかもしれません。
 しかし、本作が巧みなのは、その謎を核とする物語に様々な要素を配置することにより、物語を良い意味で複雑なものとすることに成功している点でしょう。

 その最たるものが千代の存在です。かつて一度だけの契りを交わした相手を運命の人と信じ、その娘を抱えて女手一人で懸命に生きる――一見、ジャンル違いの物語に思えるこの要素が、本筋にどう結びついていくのか、そして物語をどう落着させるのか。それは、また別の意味でミステリ的な味わいを本作に加える役割を果たしているといえます。


 総じて見れば非常に斬新というわけではないのですが、端正な文章で様々な要素を手堅くまとめ上げた、ウェルメイドというべき作品です。


『紅珊瑚の島に浜茄子が咲く』(山本貴之 日本経済新聞出版) Amazon

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