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2024.09.25

大団円 紫式部が最後まで貫いたもの 森谷明子『源氏供養 草子地宇治十帖』

 長きに渡り描かれてきた、紫式部(香子)を主人公とした平安時代ミステリシリーズも、ついに本作で完結を迎えます。出家し、宇治の庵で一人静かに暮らす香子の周囲で起きる不審な出来事。その一方、遠く九州では異国の脅威が迫り……

 娘の賢子も立派に女房として独り立ちし、自分は出家して余生を送ることを決意した香子。宇治に庵を結び、穏やかな日々を送る香子ですが、源氏物語の続編を望む人々の声は絶えず、東宮位を返上した小一条院の妃・延子からも、続きを促す便りが届きます。

 そんな中、香子の元に常陸と名乗る婦人と、その娘・竹芝の君が訪れます。かつて延子の父・藤原顕光の召人であり、その際に竹芝の君を産んだ常陸は、行き場のない娘を庵に置いてもらえないかと頼みに来たのです。
 快く引き受けた香子ですが、その後、小一条院が宇治を訪れたのと時を同じくして、周囲に不穏な空気が漂います。

 香子の周囲で、猫や馬、さらには下人が、何者かによって毒を盛られる事件が発生。常陸から譲り受けた薬の成分に毒物が含まれていたことから、香子は自分の周囲に犯人がいるのではないかと疑い始めるのでした。

 一方、長年香子に仕え、現在は武士の夫と共に太宰府で暮らす阿手木の暮らしは、刀伊の突然の来襲によって平穏を破られることになります。海からの賊を相手に必死の戦いを繰り広げる武士たちですが、被害は広がるばかり。そんな中、阿手木は自分たちに仕える童の小仲の動きに不審を覚えるのですが……


 『千年の黙』『白の祝宴』『望月のあと』と、作者の作品では、これまで源氏物語や紫式部日記を題材に、紫式部の姿を濃厚なミステリ味と共に描いてきました。本作は残る宇治十帖を題材とした待望の続編にして完結編です。
 光源氏亡き後の世界を舞台に、彼の次の世代である薫と匂宮を中心に展開される宇治十帖。宇治に隠棲する香子がそれを描く中、事件に巻き込まれるというのが、今回の趣向となります。

 物語はその模様を、時に時系列を入れ替えつつ、香子だけでなく、彼女の死後の賢子、さらには藤原実資といった様々な人々の視点から描きます。
 それに加え、ほぼ同時期に遠く離れた九州で起きた、日本史上に残る大事件――いわゆる「刀伊の入寇」を、シリーズでもお馴染みの阿手木の視点で描くという、離れ業にも驚かされます。

 さらに、瑠璃姫やゆかりの君といった、これまでのシリーズで活躍した女性たちも登場するオールスターキャストの華やかさは、完結編にふさわしいものといえるでしょう。


 しかし本作の魅力は、そうしたイベント的な要素だけではありません。これまでの作品がそうであったように、本作もまた、ある視点が貫かれています。それは一人の女性からの視点――運命に傷つき、途方に暮れながらも、それでも何とか生きたいと願い、歩を進める女性からの視点が、本作の最大の魅力ではないでしょうか。

 貴族という一見恵まれた立場に生まれても、家のために、そして自分が生きていくために結婚しなければならない。それでも相手の男にとって自分は唯一の女性ではなく、それを当然のこととして受け入れなければならない。
 そして時には、わずかに残された自分の意思など問題にもしない巨大な力に翻弄されることもある……

 そんな過酷な運命を背負わされた女性たち。本シリーズは、そんな女性たちの姿を描くだけではなく、物語が彼女たちを救う姿をも同時に描いてきました。そしてそれは本作においても変わることはありません。
 宇治で起きる謎めいた事件と、源氏物語――並行して進行する「現実」と「虚構」が交錯し、絡み合った時に生まれる救いの姿。そこには、本作ならではの感動があるのです。


 正直なところ、物語の複雑な構成や、シリーズ読者(そしてこの時代に一定の知識を持った読者)を前提とした人物配置など、無条件に評価しにくい点があることは否めません。

 それでも本作は、これまで作中で描かれてきたテーマを最後まで貫き――そして同時に「源氏物語」成立にまつわる謎をも描ききってみせました。最後の最後に、源氏物語とは縁の深い(そして物語の継承の象徴ともいうべき)あの人物が登場するのも楽しく、大団円という言葉が相応しい作品であることは間違いありません。


『源氏供養 草子地宇治十帖』(森谷明子 創元推理文庫) Amazon


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