« 長徳の変・酒呑童子・刀伊の入寇を結びつける者 町井登志夫 『枕爭子 突撃清少納言』 | トップページ | 大団円 紫式部が最後まで貫いたもの 森谷明子『源氏供養 草子地宇治十帖』 »

2024.09.24

決着「腸詰男」そして岩元の過去へ 椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第9巻

 特殊能力者たちを保護し、時にはその暴走を止めるべく奔走してきた陸軍栖鳳中学校の岩元先輩の戦いを描く『岩元先輩ノ推薦』の第九巻は、前巻に続く「腸詰男」との死闘から始まり、大能力者の力を得て暴走する腸詰男との決着が描かれます。そして巻の後半では、岩元の過去を知る男が……

 日本各地で家具や人形に封じ込められたバラバラの肉体を蘇らせる怪人「腸詰男」ブルストマン。触れたものを肉に変える能力を持つ彼の正体は、ドイツ軍の命を受けた能力者――かつてその能力を恐れた人々によりバラバラに封印された大能力者「十三夜の風」を復活させるべく来日した彼を止めるべく、岩元は総力戦を挑みます。

 佐々眼、淡魂をはじめとする能力者たちを結集し、ついにブルストマンに痛撃を与えた岩元。しかし「十三夜の風」の顔と片手を手にしたブルストマンは、なおも己の力を求めて暴れ続けます。
 能力を恐れられ、弾圧された過去から、その立場を逆転させようとするブルストマン。岩元は彼に対してまで保護の手を差し伸べようとするのですが――と、物語は少々意外な、しかし岩元のキャラクターを考えれば、ある意味当然の方向に展開していきます。

 しかし、岩元の理想を誰もが理解し、差し伸べた手を握り返すとは限りません。それを痛いほど感じさせながらも、思わぬところから現れたブルストマンの理解者の存在を描くことで、このエピソードは複雑な余韻を残して終わることになります。


 そして、いつもながらのお騒がせ男・原町が、墨使いの烏賊谷を引っ張り出して謎の「蹴鞠男」を追ったことが、中学校全体を巻き込む大騒動に発展していく短編エピソードを挟んで、物語は思わぬ方向に展開していくことになります。

 橘城先生から休暇を命じられ、ただ一人旅に出た岩元。彼が向かった先は、かつて対決した毒男――の娘・瑠璃が潜む地でした。
 毒男とその妻が、文字通りその身の全てを賭けて逃した瑠璃。彼女にとっては岩元は忌むべき追跡者ですが、岩元にとっては恩人ともいうべき男が遺した愛娘であり、最も守りたい相手にほかなりません。

 一瞬想いを交錯させたものの、再び別れることとなった二人。しかし瑠璃を、無数の奇怪な花が襲います。そこに現れたのは、異常に粘着質かつ常人には理解不能な理屈を振りかざす新たな能力者・能野愛生――彼に捕らえられた瑠璃を救うべく駆けつけた岩元は、相手を知って複雑な表情を見せます。
 実は二人は旧知の間柄、いやそれどころか岩元にとっては天敵同然の相手。それでも戦いを挑む岩元は、かつてない苦戦を強いられることになります。

 その強敵の正体は――なるほど言われてみれば、という「立場」の相手ではあるのですが、ここから物語は、岩元が「先輩」になる前の、彼が栖鳳中学校に至る前の過去に突入するようです。

 既に物語が始まった時点で「先輩」として登場し、その能力を自在に使いこなし、各地の能力者を中学校に「推薦」してきた岩元。しかし考えてみれば、誰が彼を「推薦」し、そこに至るまで何があったのかは、ほとんど語られてきませんでした。
 この巻では、まだその端緒についたばかりですが、これまでの物語から考えれば、彼自身がその能力に苦しみ、そして他の能力者に追われ、戦う姿が描かれるのでしょう。

 一方、岩元の側のストーリーが展開する一方で、物語には新たな勢力が登場します。栖鳳中学校そして岩元とは似て(?)非なる立場を取る彼らの目的は何なのか――あるいは岩元にとって、最大の敵が登場したのかもしれません。
 そしてその真相は、おそらく彼の過去にも繋がっているはず。次巻が待ち遠しい展開です。


『岩元先輩ノ推薦』第9巻(椎橋寛 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

関連記事
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第1巻 超常現象の源は異能力者 戦前日本のX-MEN!?
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第2巻 始まる戦い、その相手は……
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第3巻 開戦、日英能力者大戦! そして駆けつける「後輩」
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第4巻 再び追うは怪異の陰の能力者 怪奇箱男!
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第5巻 怪奇現象と能力者と バラエティに富んだ意外性の世界
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第6巻 内臓なき毒男と彼らの愛の物語
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第7巻 四つの超常現象と仲間たちの成長
椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第8巻 異国からの脅威 新たなる腸詰男!

|

« 長徳の変・酒呑童子・刀伊の入寇を結びつける者 町井登志夫 『枕爭子 突撃清少納言』 | トップページ | 大団円 紫式部が最後まで貫いたもの 森谷明子『源氏供養 草子地宇治十帖』 »