歴史の陰のアウトローたちの駆け引き 山本巧次『戦国快盗 嵐丸 今川家を狙え』
タイムスリップ時代小説からスタートし、最近では時代ものから近代もの・現代ものと作品の幅を広げる作者が新たに描くのは、戦国時代を舞台にした盗賊たちの化かし合い。一匹狼の盗賊・嵐丸が、美貌の女盗賊や胡散臭い牢人とともに、隠し金山を巡る冒険を繰り広げます。
時は戦国時代、桶狭間の戦から二年後――今川氏真の下で威光に陰りが見えつつはあるものの、いまだ賑わいが続く駿府を訪れた盗賊・嵐丸。そこで氏真の寵臣・三浦右衛門佐の館に忍び込んだ嵐丸は、同様に忍び込んできた一人の侍が、ある絵図面を写し取っていくのを目撃します。
自分もその絵図面を記憶し、描き取った嵐丸は、それが隠し金山の在り処だと睨むのですが――しかし件の侍は何者かに殺された姿で発見され、嵐丸にはかつての同門で油断のならない妖艶な女盗賊・麻耶が近付きます。
さらに麻耶と組んだ怪しげな牢人・沢木四郎三郎も現れ、成り行きから二人と組む羽目になった嵐丸。絵図面に記された名前から描き手の老人のもとを訪ねる嵐丸たちですが、そこを謎の侍たちが急襲――争いの陰に今川家の内紛があり、老人が今川を見限り松平家に接近しようとしていることを知った三人は、松平家に金山を売り込むため、老人の孫娘二人を連れて隠し金山に向かいます。
隠し金山の山番である国衆・秋馬右京介のもとに乗り込み、松平家の使者を偽って右京介と対面する沢木。しかし右京介は松平家に付く条件に、松平元康が自ら訪れることを要求します。
成り行き任せで動く嵐丸たちですが、彼らの周囲には怪しげな動きが幾つも見え隠れして……
冒頭に触れたように、デビュー以来、様々な時代・舞台に作品を広げながらも、作者の作品の多くは、ミステリとしての面白さをわ追求してきました。それは、いずれも一癖あるアウトローたちが集う本作においても変わりません。
主人公の嵐丸は、戦乱の中で孤児になり、盗賊の親方に拾われて技を仕込まれた男。親方が亡くなってからは徒党を組まず、土地から土地へ放浪しては、金持ちを狙っては忍び込み、金を盗んで消える腕利きです。
本作はそんな嵐丸が、隠し金山を巡り、同業者や武士たちを向こうに回して立ち回るのですが――作中の随所には様々な謎が散りばめられているのです。
その最たるものが隠し金山の在り処であることは間違いありませんが、それだけでなく、金山を守る右京介の不審な態度や、嵐丸たちを追う謎の刺客の存在、そして何よりも、誰が味方で誰が敵なのか――アウトローならではの緊迫感に満ちた冒険が繰り広げられることになります。
巧みなのは、そんな物語を盛り上げる舞台設定の妙でしょう。作中に登場する駿府は、表面上は義元の後を継いだ氏真の下で平穏を保っているように見えても、家中は勢力争いのまっ只中。さらにそこに周囲の武田や織田、松平と様々な勢力の思惑が絡み合い、複雑な駆け引きが繰り広げられる状況にあります。
それは史実ではありますが、クライマックスではそんなマクロな歴史の流れと、ミクロなアウトローたちの駆け引きが重なっていく点に、本作ならではのダイナミズムがあります。
そして作者の作品ではお馴染みの、ラストのどんでん返しは、もちろん本作でも健在です。
そこではキャラクターたちの意外な繫がりを通じて、さらなる世界観の広がりが示されるのですが――そちらを考えると、本作はまだまだプロローグという印象も受けます。
言ってみれば今回は小競り合いレベル、これから天下を巡る動きに、アウトローたちが絡んでいくのかもしれない――そんなことを予感させる物語なのです。
『戦国快盗 嵐丸 今川家を狙え』(山本巧次 講談社文庫) Amazon
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