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2024.10.03

三千年の呪いに挑め! 伝説の伝奇ホラーミステリ J・D・ケルーシュ『不死の怪物』

 美貌の心霊探偵が、イギリスの旧家を襲う不死の怪物の三千年の呪いに挑む、伝奇ホラーの古典的名作です。先祖代々伝わる不気味な予言の怪物が、第一次大戦後にまたもや出現――更なる犠牲者を防ぐため、伝説に挑んだ探偵が知った恐るべき真実とは……

 サセックス州ダンノーの荘園領主ハモンド家――千年以上の歴史を持つこの旧家には、一つの詞が代々語り継がれていました。
「マツやモミの生い茂るところ、星々のもと、熱も雨もなかりせば、ハモンドの当主、なんじの禍に気をつけよ!」
 これまでこの詞の通りの状況で、幾人もの当主や周囲の人々が、ある者は怪物に殺され、またある者は怪物の恐ろしさに自ら命を断ち――現在(第一次大戦直後)の当主・オリヴァーと妹のスワンヒルドの祖父も、使用人を怪物に惨殺された直後に、自ら命を断っていたのでした。

 そしていま、予言と密接な関わりがあるという「いかずち塚の社」の森を夜に通りかかったオリヴァーが怪物に襲われ、彼は一命を取り留めたものの、村の娘と彼の愛犬が、無残に引き裂かれた姿で見つかったのです。
 幸か不幸か、頭を打った衝撃で、怪物の記憶を失っていたオリヴァー。しかしスワンヒルドは、このままでは兄の命が危ないと、数々の怪事件を解決してきた霊能者にして心霊探偵のルナ・バーデンテールに、事件解決を依頼するのでした。

 かくしてダンノーにやって来たルナと、ハモンド家の兄妹、スワンヒルドの婚約者のゴダードは、ハモンド邸の隠し部屋から土地の教会、さらにはいかずち塚の社と、様々な場所の探索を進めます。さらにルナは催眠術によって、オリヴァーの中に眠る遺伝的記憶を辿り、遥か北欧の過去のバイキングにまで遡るハモンド家の歴史を知るのでした。

 果たして一族の先祖の一人である十六世紀の魔術師が行っていた禁断の儀式の正体とは何か。いかずち塚の社には何が眠っているのか。隠し部屋に残されていた碑文の欠けた部分に記された文字とは。そして何よりも、数多くの人々の命を奪ってきた怪物の正体とは何か? ついにルナは、恐るべき真実にたどり着くのですが……


 かつて国書刊行会のドラキュラ叢書の幻の第二期にラインナップされ、それから数十年を経て(そして今から二十年ほど前に)文春文庫て刊行された本作。原書は1922年に刊行されたものてすが、作者はほとんどこの一作でホラー史に名を残したという名作です。

 発表時の「現代」を舞台としつつ、千年、いや数千年の過去まで遡る恐怖を描く本作は、まさしく伝奇ホラーというべき作品ですが、しかしそれと同時に強く印象に残るのは、そのアプローチが極めて論理的な、ほぼミステリ的と評すべきものである点です。

 本作の主人公の一人であるルナは霊能力者であり、彼女の口から出るのは(彼女自身は極めて「現代的」で理知的な人物なのですが)、四次元や五次元といった怪し気なワード――そして本作で非常に大きなウェイトを占める催眠術による記憶遡行も、遺伝的記憶という疑似科学的に基づくものです。
 その意味では、本作を論理的というのは違和感があるかもしれません。

 しかし、ルナの捜査スタイルは――そして本作の物語展開は、便利な霊能力などで全てを片付けるのではなく、一つ一つ証拠を丹念に集め、それを分析して推論を組み立てるというもの。件の催眠術も、あくまでもその確認手段といえます。
 そこから浮かび上がる真実もまた、伝奇ホラーらしいものではありつつも、またその真実に相応しい論理的な部分があり――一度は中世に封印された怪物が、十六世紀の魔術師によって復活した理由付けなど実に巧い!――大いに唸らされるのです。

 そしてその真骨頂が、ラストに繰り広げられる呪いとの対決なのですが――これがもう、本作でなければできないような、それこそホラー史に残るような超展開であるのですが、、しかしそこで描かれる対処法には、ただ納得するほかないのです。(ここまで来ると、疑似科学的な部分は一種の特殊設定と理解してもよいのかも、と……)

 実は終盤のある重要な展開がちょっと唐突に感じられた点もあったのですが、しかしそれに対しても、実はきっちりと伏線が張られていたのにも、感心するほかありません。


 先に述べたように、今から約百年前に発表された作品ではありますが、しかし本作は今読んでみても十二分に楽しめる(二人のヒロイン像など今見ても違和感がありません)、まさに伝説の名作と呼ぶべき作品です。

 なお本作は、帯と解説でさりげなくネタばらしされているのでこれだけはご注意を……


『不死の怪物』(J・D・ケルーシュ 文春文庫) Amazon

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